『天神四区』

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 倉吉は、秋里ほどには征響と仲は良くないが、それでも同じ地区に住む征響の幼馴染であった。しかも、天神チーム、天神の天狗の一人であった。 「俺、階段を上って帰宅しています」  俺が正面にある、長い階段の山道を指さすと、倉吉がげんなりしていた。 「一緒に登れということね」  何だかんだ言っても、倉吉は優しい。一緒に階段を登ってくれた。 「倉吉先輩、天狗って何ですか?」  倉吉も運動部なので、長い階段を平然と登っている。 「征響は、教えていないのか?まあ、説明して理解しても、実体を見ないと根本的には分からないけどね」  優しい顔の倉吉は、それでも天狗の面をつけると、特攻隊長のような存在で、先陣を切って突っ込む。 「天神の森には、昔、無敵に強い天狗がいた。金色の髪に金色の目で、美しい姿であった。人間が好きで、人間の娘と結婚した。天狗が従えていた者がやがて四区を造る、天狗の子孫が天神の森の住人になった」  そういう昔話は、聞いた事がある。でも、それはおとぎ話であろう。 「どういうわけか四区を仕切るのは、常に天狗とセット。四区のトップが肉体派ならば、天狗は頭脳でそれを補う。そんなふうに、常に天狗と四区は支え合ってしまう」  四区の暴走を止めるのも、天狗の役目であった。それに、代々、天狗は恐ろしく強い。 「俺も天狗なんてバカらしいと思ったけど、四区と出会ってしまうとね、何かと協力したくなる」  倉吉にも、対の四区のチームがいるのだそうだ。 「あいつら面白い」  倉吉が、楽しそうに笑っていた。 「征響にも対の四区がいるのですか?」 「征響は強すぎてね。四区全体を仕切ってしまった」  それがいい事なのか、悪い事なのかは、倉吉には分からないという。  もうすぐ階段を登り切るというところで、俺は気になった事を聞いてみた。 「あの天狗の面は、何ですか?俺のは兎みたいですけど」  倉吉は、声を立てて笑ってから、その理由を教えてくれた。 「面は、それぞれに違うものを貰う。壊れたら新品にするけど、形は一生変わらない。次に渡される面は天神の森に飾られていてね、常に三個くらい順番がふられている」  次の天狗に選ばれたらこの面なのかと、見に行く事もあったという。でも、不思議と、初めて目が合った面が、自分の面になる。
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