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たわいない話をしながら、いつも通り、電車に乗って家に帰る。今日でこの道をたどるのは最後だ。園田にもそれはわかっている。だからいつもより時間をかけて最終下校時刻まで居残ってだらだら話していたのだ。
「園田、また会おうな」
「おう、夏目も元気でな」
駅前でいつものように手を振って別れた。園田は一瞬、心配そうな顔をしたけれど、元気に手を振った。それが園田の思いやりだった。
転校の事情は園田も知っている。だけど子供の園田は親友に何もしてやれない。ただ話を聞いて励ましてやるのがせいぜいだ。
そして浩美はそんなことは求めていない。だから何もなかった振りをして、笑って手を振った。
明日にはもう、山の中の学校に行く。
そしておそらく、ここへ戻ってくることは二度とない。
十六年間暮らした街を出ると言う感慨はまだわかない。駅前の雑踏は「故郷」なんて感傷的な言葉は不似合いで、通勤通学の人々であふれかえっている。
明日、ここから自分がいなくなっても何も変わらない。
浩美はぼんやりと見慣れた駅前の風景を見つめ、振り切るように足を踏み出した。
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