第1章  ホテル仕様の学生寮  

8/17

3044人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
「編入生なんてめったに来ないから珍しいんだ。しばらくはうるさいかもね」 「そう」  篠田が気遣って言うが、浩美はあまり気に掛けた感じはない。  校舎棟から寮になっている元客室棟までは歩いて十分もかからない。グランド側はさえぎるものがないので見晴らしはよく、校舎側にはちょうど背の高さくらいの生け垣があった。  その生け垣の向こうからがさがざっと音がしたかと思うと、どんっと何かが浩美にぶつかってきた。 「いたっ」  不意打ちに地面に倒れそうになる浩美の腕を篠田が掴んだ。ぐっと浩美の腕を引き寄せる。ぶつかって来た相手がたたらを踏む。 「悪い、ごめん、大丈夫か?」 「うん、平気」  浩美が肩を押さえながら顔をあげる。  すぐ間近にTシャツにジャージ姿の男子が眉をしかめて浩美を覗きこんでいた。大人っぽく端正な顔をしている。日に焼けた顔のなかでくっきりした二重の目が印象的だ。  浩美と目が合うと驚いたたように、その二重の目を瞬かせた。 「気をつけなよ、北原」  篠田が言うと、彼がはっと篠田に顔を向けた。 「ああ、ごめん。急いでて……、誰?」 「編入生の夏目浩美くん。あ、北原の隣りの部屋になるかも」 「へえ、そうなんだ。そうなったらよろしく。ぶつかって悪かったな」 「大丈夫です」  浩美が軽くうなずくと、誰かの呼ぶ声に「すぐ行くー」とこたえて北原は振り向いた。 「じゃあ、また寮で」  そう言うと、浩美が返事をする間もなく校庭に向かって走り出していった。すらっと伸びた背筋とよく鍛えられた脚が印象に残った。その後ろ姿を見送ってまた寮に向かって歩き出す。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3044人が本棚に入れています
本棚に追加