第1章  ホテル仕様の学生寮  

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 寮監の田中もそう思ったようで「そうだよな」とうなずいて母親を促した。 「じゃあ、ここで夏目くんとはお別れかな」  その言葉にはっと顔を上げた母親はなぜか泣きそうな顔をして浩美を見つめた。  なんだ、子離れできてない親なのか? でもすこし違和感を覚える。  母親の目には心配とか寂しさというよりも、もっと切羽詰まった切実な感情がこもっているように見えたのだ。まるでもう二度と会えない場面のような切実さだ。  対する浩美のほうは無表情にちかい、かすかな笑みで母親を見返した。大人びた表情で軽くうなずいて見せる。  母親が泣きそうな顔のまま、息子に声を掛けた。 「元気でね、浩美。体には気をつけてね」 「母さんも気をつけて」  浩美はそっけないほどの態度で心配そうな母親にあっさり別れを告げると、篠田より先にドアに向かった。  浩美のあとをついて部屋を出て、どうなんだろうと思う。単純に思春期で反抗期で、母親と一緒に歩くのが恥ずかしかった? それとももっと何かべつの事情があるんだろうか?  そんなことを訊ねるのはさすがに踏み込み過ぎだろうと思ったので、篠田は余計なことを言うのはやめた。  廊下を歩きながら部屋の鍵を浩美に渡した。先に出たけれど、田中は寮監だから鍵を持っているはずだ。掛けておいてくれるだろう。 「もともとはオートロックだけど、閉めだされる生徒が多くてロック機能は解除されてる。だから普通に鍵かけるようになってるから」 「わかった」 「じゃあ、寮内を案内しようか。たぶん注目の的になるから、そのつもりでね。編入生なんて来たことなくて、みんな興味持ってるから」  篠田のその言葉に、浩美がかすかにため息をついたのが聞こえた。
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