3043人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
「あ、ごめん。わざわざありがとう。あの、どうぞ」
一瞬迷ったが、部屋に通した。
食事だけもらって部屋に入れないのも感じが悪いよな。寮生活が初めてだから、こういう場合どうしたらいいのか距離感がよくわからない。
手を出してトレイを受取ろうとしたが、寝起きの浩美をあやぶんだのか渡してもらえなかった。
北原はどうもと笑いながら部屋に入ってきて窓際のテーブルセットまで来ると、トレイを丸テーブルに置いた。それから床まで届くアースグリーンの遮光カーテンを開ける。
一気に部屋が明るくなった。
窓のそとは山々が見えて新緑がさわやかだ。窓越しに見えるその風景は現実感がない。映画館でスクリーンを見ているような感じがする。
昨日まで世田谷にいたのになんだか別世界だ。浩美はぼうっとその景色をながめる。
「座っていいか?」
「ああ、うん」
浩美も向かいに座ったものの、間がもたなくて迷っていると北原がうながした。
「あったかいうちに食いなよ」
箸を取って小声で「いただきます」というと、どうぞと返事があった。
見られながら食べるのって緊張するなと思ったが、北原は窓の外に目を向けて、目線は外してくれていた。
ふたつのマグカップのひとつを取ると口をつける。じぶん用のお茶も持ってきたらしい。
玄米ご飯にひじき煮、しらす入りの卵焼き、レンコンと豚肉の炒めもの、大根とほうれん草のみそ汁というメニューだ。朝食としてはなかなかのボリュームだった。
朝は食べられないというタイプだとなかなか大変かもしれないが、浩美はちゃんと食べるほうだ。
ホテル仕様の部屋で納豆のパックをあけて混ぜていると、いったいここがどこだかわからなくなってくる。
最初のコメントを投稿しよう!