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背の高い雑居ビルやアパートが立ち並ぶダウンタウン。薄暗い路地が縦横無人に走っている。
その路地の一つに、少女がいた。小さく細い腕で膝を抱え、顔を埋めて泣いている。小さな小さな鳴咽だけが、響き闇に溶けていく
「どうしたんだい、可愛いらしいお嬢さん?」
不意に近くで声をかけられた。顔を上げると、背の高い男がこちらを見下ろしている。暗くて顔は見えないが、声から判断すると、まだ若いようだ。
「泣いているのかい?お父さんとお母さんは?」
鳴咽を堪えながら、俯いて首を横に振る。男は少女の傍にしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。
「一人なんだね。俺と一緒だ」
男は少女に笑い掛けた。
「どこか行きたいとことかやりたいことある?俺が出来る範囲で手伝うよ。それともずっとここにいたい?」
行きたい場所もやりたいこともない。ただ一つ願うなら―――
「…一人は嫌……」
消え入りそうなくらいか細い声で答える。男はこちらを覗き込み優しく言った。
「じゃあ俺と一緒に来るかい?生きる術くらいなら教えてあげられるよ」
少女は涙をいっぱいに溜めた瞳を男に向けた。
「嫌かな?」
少女の反応を伺うように男が言うと、少女は勢いよく首を横に振った。そして遠慮がちに、着いていっていいのと聞く。男は嬉しそうに、もちろんだよと答えた。
「俺はシュルツ。君は?」
その問いに少女は、俯いてしまった。シュルツは困ったように頬を掻いた。
「名前ないのか。ごめん」
少女はそのまま首を振る。
「でも名前ないのは不便だよな。俺が付けてあげるよ。そうだな――エルフェインはどうかな?」
エルフェイン。と顔を上げ少女は復唱する。
「嫌かな?」
少し緊張した面持ちで少女をみると、少女はまた首を振った。そして嬉しそうにシュルツを見上げた。シュルツも笑ってエルフェインを見る。
「よろしくね。エルフェイン」
差し延べられた手を恐る恐る掴み、エルフェインはシュルツと歩きだした。
路地から日の当たるまだ見ぬ世界へ―――
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