野鳥の声

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「聞いたことのない野鳥の声がして、それを探しに森へ入り込むものの、野鳥はまったく見つからない。ただ声だけが響いている。そしてその声が、いつしかかなり近く聞こえるようになった…もしこの先、お前が一人でバードウォッチングに出掛けた際、こういう状態に陥ったら、決してその鳥を探さずに、速やかにその場を離れなさい。その特徴的な声がまったく聞こえなくなるまで、遠くへ…ともかく遠くへ逃げなさい」  意味が判らず、どういうことかと聞いたけれど、父はそれには答えてくれなかった。でも俺の心には、その時の父の、真剣な表情と声音が焼きついた。  …ずっと忘れていたけれど、間違いない。今、俺はあの日、父が口にしたのと同じ状況にいる。  これまでに聞いたことのない鳴き声の鳥。その姿を見たい気持ちがあるけれど、ああまで真剣に忠告をしてくれた父の面影が俺に踵を返させた。  野鳥を探す時の、真剣で慎重な足取りで、そっとそっと林の奥から引き返す。当然のように鳥の声は遠くなるけれど、名残惜しさを振り切って引き返す。  ああ、公園の開けた芝生が見えてきた。  もう林は終わりだ。あの野鳥の声も聞こえない。  そう思った瞬間、耳に、これまでに聞いたことのない声質の叫びが飛びこんできた。 「何処ヘ行ッタ 私ノ餌!!」  叫びの直後に近づいてきたはばたき。それが聞こえたのは、俺が林から完全に抜け出した直後だった。  あの後すぐに父親に電話をし、この件について訪ねてみたが、鳴き声の正体などは父も判らないということだった。ただ、父の旧友が俺と同じ経験をしていて、信じるかどうかは自由だけれどという前置きで、覚えのない鳥の声だけが聞こえる現象のこと話してくれたという。  あの鳴き声…いや、最後には人の言葉を発したモノの正体は何だったのか。多分、知らない方がいいのだろう。  ちなみに、その後も俺はバードウォッチングを続けているが、馴染のない鳥の声を耳にした時は、さっさと野鳥探しを切り上げることを心がけている。  だってもう二度と、あんな恐ろしくて気味の悪い体験はしたくないからな。 野鳥の声…完
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