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夜、先に仕事を上がる新が、帰り際にこそっと耳打ちして行く。
「部屋行ってる」
仕事を終えてわたしも部屋に帰ると、新は眼鏡をかけてノートPCを睨みながら、卒業制作の中間報告書を作成している。
しばしその姿に見とれた。
集中していたのか、やっとわたしの存在に気付き、振り向いた。
「おかえり」
「ただいま」
屈んで後ろから新に抱きつく。
「どしたの」
「へへー、なんかこうしたくて」
少しだけ、いちゃいちゃした時間を楽しんだ後、エプロンを着けてキッチンに立った。
「何か作るね」
ふたりとも時々自炊しているので、交互に料理を作ったりしている。
何でもない日常を楽しめる喜びを、日々噛み締めている。
トントンと包丁の音を響かせながら、玉ねぎを刻む。
料理を作りながら、考える。
今日から環境が変わった。
春になって、新が就職したら、また目まぐるしく環境は変わって行くだろう。
お互い正社員で、仕事が辛くて相手を思いやれない時も来るかもしれない……。
だけどそれでも
この人と一緒に、困難も乗り越えて行きたい。
今そう感じている気持ちを、忘れないでいたい。
ずっと、いつまでも──
新の横顔を眺めながらひとり、心に留めた。
出来上がった炒め物をプレートに乗せ、テーブルに運ぶ。
匂いに気付いた新が顔を上げる。
「おー美味そう」
わたしは微笑みを浮かべ、好きな人を見つめる。
微笑みが返って来て、クスクスと笑い合う。
きっとずっと、一緒に頑張って行こうね。
END.
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