プロローグ

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2085年 「ほら、おいでミシェル。」  自分の遺伝子を受け継いだ愛娘の顔が作り出す表情は、無垢で非常に清らかな気持ちになる。僕の人生の中にこれから幾度となくその表情が散りばめられていくのなら、これほど幸せなことはないだろう。  クライド・デイヴィスは1歳になる娘のミシェルを抱き上げる。手足を宙にばたつかせ、最高と言える笑顔を向けられたクライドもまたいかつい顔を緩ませる。 「フフフ、本当にあなたにそっくりね。将来怖い顔にならないか心配になっちゃうわ。」  クライドの妻、ジェシカもまたその父娘の微笑ましい光景を見て幸せを感じていた。  デイヴィス一家は米国の貧しい地域から厳選なる選考の結果、移住権を得て3年前に日本へ引っ越した。  長年、頑なに大陸からの人口の流入を拒んできた日本も数十年に渡る少子高齢が及ぼした総生産、自給率の低下には手を上げた。現代では極めて珍しかったモノリンガル国家も百何ヵ国目かの人種のるつぼへと化したのだった。そして、東京都内の6畳ほどの小さな部屋のアパートの一室でデイヴィス一家は暮らしていた。  やはり日本人たちから浴びせられる視線は決して気持ちのいいものではないとクライドは思った。原因は日本人たちの島国心理だけではない。日頃からトップニュースに連なる移民たちによる窃盗、暴力、強姦、殺人事件。それが後を絶たなかった。移民政策以前から疑問視されていた外国人の日本の労働文化に対しての適応力のなさ、それが根本的な原因となって事件に繋がっているのは誰が見ても明白だった。  しかし、それでもいち労働者として、家族を養うため真面目に働いているクライドは不服で仕方なかった。そんな生活の中でも、せめてもの救いはこのアパートの管理者だろう。何人だろうが分け隔てなく接してくれる。クライドがなんといっても頭が上がらないのは妻、ジェシカ。どこにでもついてくれてきて、クライドを支えてきた。  今、目の前でミシェルを愛でるジェシカも、そのジェシカの人差し指を握って離さない我が子も守り抜き、幸せな家庭を構築する。クライドの意思は固かった。
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