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 バンガローでの夜はこの旅で一番の楽しみだった。このあたりで宿泊しようと思うと、丁度ここのバンガローが安く取れると知った。チェックインの時間が夕方しかないから、早めにつくと荷物を置いて清流ぞいにぶらぶらと散策をした。このあたりの橋は皆、沈下橋という。欄干も何も無く、ただ白線だけ引いてある簡素なコンクリート橋である。ダムなどといった治水設備がないこの川では、時折川の流れが増す。そういったときに欄干のある橋は流木によって破壊されやすいのだそうだ。自然に流されるまま。路面もただ橋脚に乗せているだけなのか、もういくらか上流には路面が川に落ちたきり渡れなくなっている橋も散見された。その沈下橋のうえには学校帰りの小学生がたむろしていて、次々と度胸試しに川へと飛び込んでいた。  秋の空はつるべ落とし。  日も暮れてバンガローに戻ると、あらためてその内部の探索に勤しんだ。こうやってバンガローに安く泊まれるのは珍しい。ぜひ小説の舞台にしようと思っていたのだ。  いったいどうしてこのバンガローが格安なのか。私は旅に出るまえから疑問でしょうがなかった。予約サイトの情報によると室数が限られている。ワケありとあった。何か居てはいけないものが出るのだとしたら……。それは恐ろしいが小説家冥利に尽きるではないか。何よりも、ワケありという恐怖はバンガローという珍しい宿泊施設への興味の前においては無に等しかった。とにかく興味深い。私はすぐさま予約を取ったのだ。  それが今更のようになって、心に引っかかっていた。なるほど、たしかにこのバンガローは他のバンガローと比べて管理棟から離れている。管理棟の対岸に位置するのだ。トイレやシャワーは管理棟にあるものだから、いざトイレに行きたくなると不便である。でも川を渡る橋はすぐ近くに存在する。それに長さもあまりない。だからちょっと暗いのを我慢すればそれだけでいい。そんなことだけで他のバンガローの半額になっているとは、やはり別に何かいわくがあるのだろう。  ああ、四号バンガロー。私の泊まったそのワケありのバンガローは、日本人にとって忌番とされる四の数字を掲げていた。 image=501871312.jpg
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