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この地に宿泊した一組の男女が居たという。男の方はやけどをしたのか、顔に包帯を巻き、それを見られるのを恐れるかのように、つばの大きい帽子をかぶっていた。それに対し女の方は非の打ちどころのない美人であった。
二人は夫婦なのか、手を取り合ってやってきたという。それはしかし、全く不釣り合いな夫婦に思えたそうだ。まず会話がなかったという。かわす言葉が皆無というわけではないのだが、口から出てくるのは事務的な応対ばかりで、そこには愛情のようなものを感じることはなかったという。男は包帯から二つ覗いた目を、その度に迷惑そうに動かしていた。
しかし、無論それを声に出すことはない。
二人は一週間ほどこの四号バンガローに逗留していたという。昼になってもどこかに出かけるわけでもなく、ただバンガローの中に閉じこもったきり。地元の人は心中でもするのではないかと気をもんだという。
さらにそこに容易ならざる事態が持ち上がった。第三の人物が、この四号バンガローの様子をしきりにうかがっていたのだ。はじめは物珍しさにうろつく観光客だと地元の人も思ったそうだが、どうもその人物は四号バンガローに気があるようだった。建物の前をうろうろしていたかと思うと対岸に回り、双眼鏡を手にしてあたりを見回している。その実見ているのは四号バンガローであるのは、その方に双眼鏡を向ける頻度が高いのだからすぐにわかってしまう。それも一日のことではなく、その翌日も。そのまた翌日も。
当然噂はすぐに広まった。あれは離婚旅行ではないか。いやいや、不倫旅行なのだ。それを夫がかぎつけて妻の動向をうかがっているのだ。いいや、そうではあるまい。なんだってあの気味の悪い包帯の男とベッピンさんが一緒にいるというんだ。あれは脅迫されているのだよ、わけがあって包帯の男に脅迫された妻を追って夫が来ているのだよ。地元の住民は思い思いの説を立ててはこそこそと囁きあっていた。三日、四日と日がたつにつれてそのうわさは広がっていった。こんなことが長続きするはずない。いずれ破局が訪れるに違いない。いや、もう既に男の方は……。そういえばあれから男の姿を見ていない……。そう噂する者まで現れたという。
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