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 ある朝、まだ日も上がりきらぬ明け方。近所の老人が犬の散歩に橋を渡っていると、淵の中に浮き沈みする何かを見つけた。なんだろう。老人は橋の上から懐中電灯を当てた。さっき沈んだばかりの何かは、なかなか浮かんでこない。一瞬、二瞬。懐中電灯を握る手が汗ばんだ。そこにふわりと浮かび上がってきたのは人間の足だった。  はたして、破局は訪れた。  通報があって警察が駆け付けてみると、死体は丁度浮かんだところで、体には解けた包帯が絡み付き、ベールを脱いだ男の顔はやけどの跡も生々しく、水にふやけ、見るに堪えない肉塊であった。  あの女はどうしたのだ。警察はすぐに四号バンガローに乗り込んだ。しかしそこはただ一本の、血の付いた薪割りがある他、もぬけの殻も同然だった。凶器を残して美しき女は消え去った。そして不思議なことに、事件が発覚した日から、あの双眼鏡の男もぱったりと来るのをやめてしまったのだ。四号バンガローの鍵も持ち出されたきり、以来二人の行方は知れぬという。  田舎の人間というのは迷信深いもので、いつかどこからか、誰も泊っていないはずの晩に四号バンガローで灯りが見えた。あるいは、あの女、男の生き写しとしかおもえない人をバンガローの近くで見た。そういえば、あのバンガローで誰か男と女が夜の営みをしているらしい。そんな噂が立つようになった。  その男女は醜怪な包帯の男を殺して、このあたりに潜んで、今も時々、四号バンガローで逢瀬を愉しんでいるのではないか……。
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