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平社員を統括するように置かれたデスクに、一歩ずつ近づく。俯かせていた顔を上げて、奥歯をぎゅっと噛みしめた。
田所部長をどう調理するかを考えただけで、湧き上がってくる微笑をバレぬ様に、神妙な面持ちを作り込んだ。
私と目が合った途端に、苦虫を噛み潰したような顔をする。予想通り、今日の小言は長くなりそうだが、それでも一向に構わなかった。
「遅かったじゃないか、何をやっていたんだ安田課長」
「部下から、詳しい状況の報告を受けておりました」
「そんな終わった事を、延々と聞いているなんて、時間の無駄じゃないか。大体君は――」
電気ショック、絞殺、転落死、溺死、アルコール中毒死、火あぶり……小言が続いている間、調理方法になる大きなルーレットを頭の中で妄想し、ぐるぐると回していく。もう下がってよしと言われたところで、光り輝く所がそれとなる仕組みになっていた。
「聞いているのかね? 反省の色が見えないが?」
「……申し訳ございません」
蛍光灯の光を反射させた禿げ面に、ぺこりと小さく頭を下げた。一瞬だけ口元に笑みを浮かべてから、真一文字に引き結び、困惑の表情を作って顔を上げる。
田所部長とトラブルを起こしているこの状況すら、完全犯罪を目指す自分にとってのスパイスだ――小言が多ければ多いほど、味わい深くなるね。
手にしている始末書を渡すタイミングを計りながら、効率のいい調理法を謀る。煩わしさだけしか生産出来ないコイツを、入念なまでに完璧で、より一層美しいものへと還るために。
【了】
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