第一節

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 人家に隠れながら、時折通りに顔を覗かせ周辺の様子を探る。支配領域は人の気配を感知しないが、時々刻々と募る不安にどうにも足が止まってしまう。あまりにも上手くいきすぎているのだ。  人目に付かなければいい、そう思っていたが、農村地区に入っても誰にも遭遇しないのはおかしい。そも人家は有れど人がいないのはおかしいじゃないか。  急がなければならないのだがどうにも気になり、身を隠していた人家の窓から、中の様子を窺った。  テーブルや椅子などの調度品は、つい最近までここに人が住んでいたことを物語っている。しかし食器棚の中には不自然に食器が少なく、よくよく観察すると荒れた様子も窺えた。  空き巣かとも考えたが、ここら一帯の家から物と人を掻っ攫うなんてできるはずがない。家の裏手に回ってみると少し歩いた先に納屋が見えたので、そちらの様子も探ることにした。  近付くにつれ、嫌な臭いが鼻を衝いた。糞尿の臭い――あれは畜舎なのだろう――に、死臭が混じっている。  畜舎は鉄扉で閉じられ、中から開けられないよう閂がしてある。鉄扉に耳を当て中の様子を探ると、今にも消え入りそうな呻き声が聞こえた。嫌な予感が耳朶から脳髄、足先へと全ての血管に氷水を流し込む。  急いで閂を引き抜き、鉄扉を開けた。むわりと糞と血と臓腑の臭いが鼻を塞ぎ、思わず咳き込んだ。目から涙がぽろぽろと落ちる。それ程に臭かった。  腕で鼻と口を塞ぎながら、薄眼を開く。扉から差し込む光、それが途切れた薄闇の中で、何かが蠢いている。ぎらりと光る二つの目。人間のものではない。  支配領域が殺気を感知した。薄闇の中に蹲るけだものが発する殺気は、尋常ならざる荒々しいものだった。けだものが立ち上がる。が、ふらりと力を失い、前のめりに倒れた。
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