第一節

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 鼻先すらも見えない暗がりの中、二つの荒い息遣いが響く。どちらがどちらの息なのかわからない。ただ熱く、ただ湿っていて。  外は雨だ。外に干していた肉を取り入れる、ほんの僅かな間で全身がずぶ濡れになってしまうほどの土砂降りだ。  叩きつける雨粒の音は激しいが、その音に混じって、別の水音が聞こえる。粘膜と粘膜の擦れ合いによって起こるその水音は、聞いているだけでも扇情的で、俺は益々律動を速めるのだが、その行為の先に待つだろう虚しい空隙が、こうしている今もちらちらと頭を掠める。  どこか遠くから雷の音が聞こえてくる。嵐の夜は、何故こうも不安を掻き立てるのか。エイプも同じ不安を感じたのか、或いは達しようとしているのか、俺の腕を握る手に力が籠る。堪らず、俺はエイプを掻き抱いた。柔らかな膨らみと、その先にある固い突起の存在を胸に感じる。  それから少ししてエイプの体は痙攣し、間を置かずして俺も体を震わせた。  行為を終えその熱が冷めていくと、籠った臭いが鼻につく。山の中腹にある、凡そ五十歩の深さの横穴の最奥で事に及んでいたので、換気されるのにも時間がかかるだろう。  行為の後はいつもそう思うのだが、横穴から淫らな臭いに満ちなかったことはない。なにせ王国から脱出してから、毎日こんな不道徳な日々を送っているのだから。もしかしたら、岩肌に臭いが染み付いているかもしれない。  苦笑を噛み殺しながらエイプから離れると、手探りで火打石を探し、炉に火を着けた。この洞窟を使い始めた頃は、薪を焚いて魚やモンスターを焼いて食していたが、今は四方を重ねた石で囲み、煮炊きができるようにした。料理の幅が広がったことで精神的な豊かさは手に入れたが、一方で、今まで当たり前にできていたことを、一から自分達の手で再現しなくてはいけない物質的貧しさを、使う度に実感する。
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