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今までありがとう。
別れを予示させる言葉で、その短い文は始まっていた――。
あなたと過ごした時間は、濃密で、それでいて空っぽだったわ。私は、私達の存在証明のためにあなたと共に居たけれど、あなたを愛してもいたの、カルマ。気付いていたかしら。気付いていたでしょうね。あなたはそれほど鈍感というわけではなかったから。だから、あなたが憎いわ。私がどれだけ愛を込めてあなたの名を呼ぼうとも、あなたの目が私を見たことはなかったわ。いつも別の誰かを見てる。私は、使命だけに生きられるほど強くはないわ。でも、愛する人から愛を向けられないのなら、いっそその人の前から去ってしまえるくらいには強いの。
――白い言葉の連なりは、まるで俺を糾問しているかのように確固として刻まれ、指でなぞっても僅かに粉が付着するだけで文字は依然鮮明だった――。
私の言わんとするところ、もうわかったでしょう。私は考え、決め、行動したわ。次はあなたの番。あなたはもう、自由よ。私という重りに煩わされることはないわ。あなたのしたいこと、すべきと思ったことを、存分にやって。私はそれを、遠くから見ているわ。
最後に。愛していたわ、カルマ。
――俺の名前だけが、二重になって書かれている。強く書いた上から、撫でるように辿ったようだ。足元には、これで書いたのだろう石灰岩が落ちていた。拾い上げてみても、僅かの温もりすら感じられない。
エイプを守りたくて王国を出てきたはずなのに、結局俺は、何も守れなかったのか。何が悪かったのだろう。頭か、力か、覚悟か。或いは全てか。
横穴に臭う共同生活の名残を嫌って、外に出た。空には厚い雲が垂れ込めている。直に雨が降るだろう。噎せ返るような草と土の濃い匂いが、そう教えてくれている。
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