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胸の奥がざわざわする。この感覚、言葉では言い表せないこの欲動に、エイプは従えと言うのか。後ろを省みれば、小さく、貧相で、限られた、それでも何者にも邪魔されない楽園がある。あそこで膝を抱えていれば、俺はきっと安寧と寄り添いながら生涯を終えることができるだろう。
思わず嘲笑が漏れる。未練など、微塵も無い。今なら、安寧を捨てでも自らの為すべきことを為さんと欲したフォールの気持ちがわかる。
旅支度に然して時間は要しなかった。キヌガキカイコのタイツを着込み、上からマントを羽織る。コートリア会長から渡された、アルベルト社の社章が入った黒マントだ。戦闘に遭う度に破れるので、もう何着目になるかわからない。それも俺が王国を脱してからはモンスターから剥ぎ取った革で継いでいるため、すっかり惨めな代物になった。干し肉と薬草とを革袋に詰め、肩に担ぐ。さあ、準備はできた。
小さな楽園は、そのままにしておくことにした。いつエイプが戻ってきてもいいように。ここが彼女の、そして、もし、万が一、俺と彼女との間に子ができていたら、その子にとっても楽園となるように。
王国に戻る道は二つある。一つは正面から堂々と乗り込む道。もう一方は、地下道だ。王国が俺を探して居住区外に隠密衆を放った様子はないが、それでも俺は未だお尋ね者だろう。それにこの状況下、俺がモンスターを操り王国に復讐していると根も葉もない噂を立てる輩は必ず現れるだろう。選ぶ道は、自ずと地下道に定まった。
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