極楽おんぼろ屋敷

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 甲斐樹季(いつき)は、思わず立ち止まってしまった。  背中にある『祭』の赤文字が目に留まる。どうみても祭りの時に着る法被だ。どこかで祭りでもしているのだろうか。いや、そんな話は聞いていない。耳を澄ませても祭囃子は届いてこない。途中にあった神社でも何の準備もされていなかった。いつもの厳かな雰囲気が漂っていた。  それにしても、あのおっさんは何をやっているのだろう。腰に手を当てて空を見上げている。飛行機雲もなければ、目の惹く変わった形の雲があるわけでもない。ならば空を見ているわけじゃないのか。いや、何もないけど空を眺めたくなることはあるか。流れゆく雲をただ眺めて、心地いいそよ風を感じているだけってこともある。けど、どうせ目を向けるなら、反対側の景色だろう。  沈みかけた朱色の太陽が水平線で存在感ありげにさようならと告げている光景が目に映る。夕陽を反射する海の煌めきは感慨深いものだ。それなのに、あのおっさんは海に背を向けている。この場所であの心に惹かれる景色に背を向けるとはおかしなおっさんだ。背中で波音を感じ取っているわけでもないだろう。  そんなおっさんに目を奪われている自分も変かもしれない。樹季はそう思うと笑えてきた。だがすぐに真面目な顔に戻る。ふと、犬や猫が見えない何かを窺う様を思い浮かべた。まさか、幽霊がいるとか。  普通だったら、そこで背筋がゾクゾクするところだろうが樹季は違う。幽霊は珍しいものではない。樹季にとっては日常茶飯だ。ただ目を凝らしてみてもそれらしき存在は見当たらない。
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