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オパールのように、キラキラ光るアンプル。
あれが、M。
人類を滅亡させた殺人酵素の、たっぷり、つまった注射器だ。
「おどしじゃありませんよ。サー。用心のために、これをつけさせてもらいますからね」
そう言って、ジムは防毒マスクをつけた。
サリーは嘆息した。
「わかった。私の負けだ。記憶複写してやる」
「ちゃんと、手抜きなしでやるんですぜ。手抜きで失敗させたりしたら、恋人が、どうなるか、考えなさい」
「わかってる」
完全に、サリーは観念した。
しかたない。
一人、二人の複写くらいはしてやろう。
そのうちには、チャンスもあるだろう。
ところがだ。
そのとき、ふいに、キャロラインが笑いだした。
恐怖のあまり、狂ったのかとすら思う笑いかただ。
「キャロライン……?」
「心配しないで。サリー。狂ったわけじゃないわ」
「そうは言っても、これは笑うような場面じゃない」
すると、甘えるような目で、キャロラインは見つめてくる。
なぜだろう?
とても、ドキドキする。
彼女はエンデュミオン。だから、惹かれるのは、あたりまえ。
しかし、それにしても、彼女は、こんなに美しかったろうか?
いつもより、数倍、妖艶に見える。
「だって、サリー。この人、とっても、おバカさんなんだもの。このわたしに、ミタライワクチンを打つなんて。このわたしにね。ほら! 薬が効いてきた」
薄紫色の彼女の瞳が、うるんでキラキラする。
M酵素のアンプルのように、妖しく甘美。
おかしい。
やっぱり、いつもと違う。
いつもより、ずっと……。
キャロラインの姿が、少しずつ変化してくる。
これは……劇的変異だ。
でも、なぜだ?
まだM酵素は打たれていないのに。
「さっき、言ったわね。サリー。こんな実験を続けていれば、いつか人体に異常が表れるって。そのとおりよ。それが、わたし。
二十年前に、ここから逃げだした被験者は、キャリアじゃないわけじゃなかったの。
わたしの体のなかには、Mがあふれてる。バクテリオファージ型ではないから、血液感染しかしないけど。
ごめんなさいね。サリー。あなたには、もう感染しちゃった」
どうやら、二人の仲が全世界に暴露されたようだ。
しかし、それもまた一興か。
サリーは苦笑した。
「君は劇的変異を起こしてる。なのに、苦しんでいないな。なぜだ?」
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