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はじまり
目を開けるとそこには、月だけが見えていた。
月は、ぼんやりと浮かんで波間で揺れては消され、また浮かんでは揺れた。
どのくらいの時間ここにいるのだろうか? 砂まみれの手の平に視線を移して考えるが、昨日どころか、ついさっきの事すら思い出せない。
オレはどこから来て、どこへ行くのだろう? とても大切な事のような気もするし、どうでもいい事のような気もする。曖昧な感覚は、記憶なのか、夢なのかもわからなかった。
揺れる月を見上げていると、自分が動いているのか、空が動いているのか、どっちなのかわからない感覚になった。
風が吹く度に、傍にある大きな桜の木が花弁を舞わせる。
知らない間に切ったのか腕にうっすら血が滲んでいる。瞼を閉じると、心地よさと頬を撫でる風の優しさに大きな睡魔に襲われた。
「春の匂いだ」
もう、このまま眼が覚めなくてもいい。
どうせ、変わらない毎日。繰り返す同じ日常。
オレが、いなくなったところで悲しむ人間はひとりもいない。
深い溜息を吐いて寝返りを打とうとしたとき、フワリと体が中に浮いた。
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