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「これならわかるでしょ?久しぶり、美月ちゃん」
どうやら黒髪はウィッグだったらしい。
ウィッグを剥ぎ取った先から姿を現したのは肩口ほどまで伸びた栗色の髪。
そして少女がかけていた黒縁の眼鏡を外すと、美月が目を見開き、驚愕に声を上げ……ようとしたところで咄嗟に口元を手で覆い堪えていた。
「ハル!?」
「そ、今をときめく新星アイドル。天城晴陽ちゃんよ」
幾分抑えた声量で叫ぶという器用な真似を披露する美月に笑いかけると、ハルこと天城晴陽はおどけた自己紹介をする。
そして次に俺の方へと視線を向けると、その瞬間には美月に向けていた笑顔はどこへやら、つり目に剣呑な光を宿し、ずんずんと大股で俺の方に歩み寄り、ギリギリ彼女の手が届く程度の距離まで近づくと右手で拳を握り、弓を引き絞るようにテイクバックすると凄まじい勢いで突き出して……
「ってオイ!?」
「チッ、避けられたか」
顔面目掛けて迫り来るしっかりと腰の入った見事な右ストレートを慌てて上体を逸らすことで躱すと、天城は悔しそうに舌打ちして突き出した拳を引く。
「いきなり何しやがる!?」
「あら? 美月ちゃんに伝言頼まなかったっけ? 次に会ったら一発ブン殴るって」
悲鳴じみた俺の抗議を不思議そうな顔で聞き流すと、天城はしれっとそんなことを宣う。
それは確かに聞きはしたが、まさか本気にする人間は居まい。
というか、まずその「次」があること自体ほぼありえないことだし、聞いた当初はせいぜい「夜道には気をつけるよ」程度にしか思っていなかった気がする。
「ま、避けられたのは癪だけど助けてもらったのに免じてこれで勘弁してやるわ。あたしの慈悲にひれ伏しなさい」
「あんたな……いや、まあいいや。ありがとうございます……」
なら殴る事自体チャラにしてくれよと思わないこともなかったが、喉までせり上がってきたその言葉はぐっと飲み込み、ため息混じりに礼の言葉を口にする。
せめてもの抵抗に、頭は下げなかったが。
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