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端末を取り出し、おそらく着信先が表示されているであろう画面をさっとチェックすると、天城は分かりやすく渋面を作る。
態度から出たくない気持ちはありありと伝わってくるが、だが流石に出ないわけにも行かないらしく、数秒の葛藤と逡巡の後どうにか通話ボタンをクリックして端末を耳に当て、「もしもし」と不機嫌全開の声を出した。
「何? リハなら朝のうちに終わらせてるでしょ……今? 今は二階の隅っこにある≪女神の休息≫ってカフェにいるけど……一人じゃないわよ、いつぞやの恩人二人とたまたまエンカウントしたから、その子達と一緒にいる。
そ、あのクズが先走った件の。……わかったわよ、待ってるから。切るわよ、お店の人に迷惑だから」
億劫そうに一分程度通話をすると、端末を耳から離して問答無用とでも言わんばかりに通話終了のボタンを押し、ダメ押しとばかりに電源を切るとテーブルの上に放り投げる。
そして申し訳なさそうに苦笑を作ると、マスターや周りの数人の客の方に「すみません」と頭を下げてから、もうすっかり冷めたコーヒーを一息に飲み下した。
「マネージャー?」
「うん、今どこに居るんだって」
「話を聞いてた感じだとここに来るのか?」
「まあね、ほら、前に匿ってもらった時のお礼がしたいんだってさ。だから悪いんだけど、もう少し一緒にここで待っててくれる? あと三十分くらいで打ち合わせがひと段落するから、それくらいに来るって」
俺としてはあの時は行きずりでそうなっただけなので、お礼などされるほどのことではないと思うのだが、どうやら先方にとってはそれでは気が済まないらしい。
待っててくれと言われたことだし、このまますっぽかすのもきまりが悪い。特に急いでいるわけでもないし、とりあえず天城の言葉に従うことにして、テーブルの脇に置かれていた手書きのメニューを引き寄せる。
「三十分かかるっていうならその間に昼ご飯にしようか。あんたも何か頼むか?」
「あ、そっか、もうお昼時だしね。そうね……ライブの前だし、あたしはコーヒーのおかわりだけお願いするわ。二人は気にせず食べて」
「……そうか? じゃあお言葉に甘えて」
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