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「クリス・クリングル(Kris Kringle)?」
クリスマスの三週間前、裕美子はそのイベントの名前を初めて聞いた。日本ではあまり馴染みがない。会社の年末の打ち上げに、これをするのだという。
「部長、なんですかそれ?」
裕美子だけではなく、クリス・クリングルという言葉を初めて耳にする他の同僚たちも、この企画を持ってきた会社国際部・花園部長の説明を真剣に聞く。
「サンタクロースには、サンタや聖ニコラスなど、いくつかの呼び名があるんだけど、クリス・クリングルもそのうちの一つ」
要するに、クリス・クリングル、イコール、サンタクロース、であるということをまず理解する。
「参加者の間でクリスマス・プレゼントを交換する、というのが基本のルール。それに、ちょっとした秘密を入れるのがクリス・クリングル」
「出た! 『秘密の花園』が企画する秘密のクリスマスイベント!」
「こーじ!」
フロア内のすべてのパテを切り裂くような鋭い視線が飛んだ。
「あとで部長室に来い」
佐藤課長がつい口走ってしまったその禁句に「あわわ」と後悔するも後の祭り。
けれどもこの佐藤課長、実は花園部長とはいつも仕事を一緒にする相棒で、いつも裕美子たち部下の胸の内を何気なく代弁してくれる良き上司。
花園部長は、普段は温厚でしゃべりもソフトな理想の上司のような存在。けれども、ここぞというときには、ものすごいスピードと的確な判断でバンバンと仕事をこなす。
その猛烈な仕事ぶりが実はどのようになされているのか、普段の温厚な姿からは想像がつかない。時に秘密裏に行われているようにも見えることさえある。
そのため、部長は会社の上層部からでさえ『秘密の花園』というニックネームで呼ばれている。そして部長は、自分の意に反して勝手につけられたそのニックネームで呼ばれるのが大嫌いなのだ。
部長曰く、「僕はただ真面目に仕事をしているだけで、秘密など何もない」とのことなのだけれども、『秘密の花園』の名声は社内の隅々にまで渡っている。
「いいから部長、せっかくのイベントの説明、続けてください。ね」
部長室に呼び出されることなんか、へでもないらしい相棒の佐藤課長が、へそを曲げた花園部長の機嫌を直す。
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