一寸先の人生②

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二  忙しい日が続いた。  例の『イタリア家庭料理の店』に、修治はなかなか行けなかった。帰りはいつも終電近かったからだ。駅を降りて家に向かうころには、閉店していた。  家に帰って、スパゲティを茹(ゆ)でながら、考えた。せめてあと二時間は早く帰ってきたいなあ。  ようやく寄れたのは、最初に店に行ってから二ヵ月ほどのちのことだ。すでに夏になっていた。  店に入ったとたん、あれ、と思った。  いらっしゃいませの声がかからない。そして、どこか暗い。戸惑って立ち尽くしていると、奥から老婆がのっそりと出てきた。 「…………」  いらっしゃいませ、どころの騒ぎではない。なぜ来た、という眼つきでにらまれた。 「あのう、お店、開いてますよね」 「……見てのとおりですよ」 「注文していいですか」  老婆は不愛想に頷(うなず)くと、テーブルにメニューを投げ出した。 「どうぞ」 「はあ、すみません」
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