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わっ、と弾けるような、にぎやかな笑い声。
修治は足を止めた。
秋の夜、午後九時半近く。公園裏のいつもの帰り道、例の店の前である。外装はほとんど同じだが、いつの間にか看板が変わっていた。
『スペイン風居酒屋・ボニータ』
おやおや。修治は苦く笑った。どうやらイタリア家庭料理は閉店したらしい。奥さんはどうしたんだろう。けっきょく帰ってこなかったのだろうか。
扉の向こうに、わさわさと盛り上がるようなひとの活気がある。繁盛しているようだ。誘い込まれるように扉を開けていた。
「いらっしゃいませ」
華やかな声とともに、若い娘が出てきた。
「おひとりさまですか」
二十歳か二十一歳か。可愛いな、と思う。佳世子(かよこ)よりよっぽど可愛い。
昨夜、佳世子とは、電話で喧嘩(けんか)になりかけた。忙しい忙しいって、連絡する時間も作れないわけがないでしょう。要するに私のことは二の次なのよ。そうなんでしょうとからまれた。このところ、どうも気持ちがずれている。むろん、あいつばかりが悪いんじゃない。俺の気持ちに余裕がないのも悪い。元来、佳世子はそんなにひねくれた考え方をするような女じゃない。むしろ素直すぎる性格なんだから。
わかってはいる。が、仲直りしよう、と、こちらから言うのは腹立たしい。
「こちらのお席へどうぞ」
店の中も、変わらない。テーブルがひとつ増えている。修治はいちばん小さなテーブルに案内された。
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