一寸先の人生②

6/10
前へ
/10ページ
次へ
 思い起こせばあの日、佳世子も周囲の視線などまるで気にしていなかった。が、修治はそういう風にふるまえる性質ではない。子供のときから母親に言われていた。 「常に誰かに見られていると意識しなさい。それが大人というものよ」  同時に、父親からはこう言われていた。 「周囲を意識しすぎると、いけないよ。他人がどう見るか、どう思うか、そんなに重要なことかい?」  重要に決まっているじゃないか。父親の言葉だけは聞いちゃいけない。  ビールも生ハムもオムレツも、まあまあといった味だった。  しかしその後、修治は三日に一度は、その『スペイン風居酒屋』に顔を出すようになっていた。  厨房に店主、フロアにあの女の子と、二人だけで営業しているらしかった。店主は若い。まだ三十歳そこそこだろう。なかなか美男子でもあり、愛想もよかった。そのせいか、店の常連には女性客が多いようだ。手が空くと、マスターは女性客と会話をはじめる。修治は店員の大森さんと口をきく。 「彼女とは仲直りしたんですか」  急に訊(き)かれてびっくりしたりする。酒がまわって、要らないことまでいろいろ打ち明けてしまったとみえる。 「仲直りというのか、自然となし崩しにね」 「彼女も連れてきてくださいよ」 「そのうちね」  答えはするものの、何となくここに佳世子を連れてくるのは気が進まない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加