一寸先の人生②

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「でも、彼女は酒が飲めないんだ」 「ノンアルコールのドリンクもたくさんありますよ」大森さんはにこやかに言った。「あちらのお客さんもお酒は召し上がらないんです」 「へえ」  修治は隣のテーブルに視線を走らせる。二十代後半と思しき女性客は、いくぶん上気した顔でマスターと語り合っている。ひとりで来ているし、マスターや大森さんへの接し方はいかにも親しげで、この店に通い詰めていることは明らか。酒も飲まずに、マスターと話しに来ているのか。  マスターの端正な横顔を眺めつつ、修治は思った。なるほどねえ、そういうことか。 「大森さん、恋人は」  さりげなさを装って、訊ねる。 「へへへ」  大森さんは笑いにまぎらわす。何だ、いるのか。修治はわずかに落胆した。  まあ、俺には関係のない話だ。佳世子がいるんだし。  木枯らしが吹くようになったころ、会社からの帰宅は終電になった夜だった。  駅から裏道へ入るところで、修治は男女の二人連れとすれ違った。  あ、と思った。  そっと振り向く。男が女の肩を抱くようにしている。街灯に照らし出された横顔。間違いない。マスターと大森さんだ。  あの二人、そういう仲だったのか。裏切られたような気になる。  いやいや、なにもこんな気分になる理由はない。俺には佳世子がいるじゃないか、と慌てて思い返す。  とはいえ現金なもので、それ以来、件の『スペイン風居酒屋』にはぱったり足が向かなくなった。
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