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スタンディングで絶賛された余韻に浸る間もなく、ちはるは帰る客の波に押されるようにしてホールの出口へと向かった。 帰りの新幹線の時間が迫っている。 クラシックに詳しくはないものの、まるで魂そのもので弾くかのような烈しく躍動的なスタイルは、リゲルになりたいと言っていた少年の片鱗を思わせた。 自動ドアから排出されていく波が、駅に向かって散っていこうとした時。 「ちはるさん! 桜木ちはるさん、いますか!?」 息せききってロビーの関係者口を開けて飛び出してきたのは、リサイタルの主役大江奏だった。 主役の突然の登場に多くの客がどよめく。 奏は乱れた髪を整えもせず視線をさまよわせ、やがて驚いていたちはるに目を留めると、迷わずに歩み寄ってきた。 「桜木、ちはるさん……ですよね?」 かすかに息をのんで、ちはるは目の前の、中学生の面影なんて残していない青年を見上げた。 「……よく、分かりましたね」 「あの滑り台が取り壊される前に、公園にいるあなたを見かけました。ぼくは、ずっとあなたに会いたくて、でもリサイタルをやるまで会わないと決めたから声をかけられなくて……ようやく、……会えました」 「私が来ないとは思わなかったの?」 「信じていました」 「……すごい、自信」 「はい。リゲルですから」 これ以上はないくらいに幸せそうな笑顔を見せた奏に、ちはるがつられたように笑みを見せる。 奏はかすかにまぶしそうに目を細めると、少しためらい、そうしてちはるの華奢な手をとった。 「二度目まして、ちはるさん。リゲル改め、大江奏です」 「桜木ちはるです」 「昔、手紙で言えなかったこと……会ったら言おうと決めていました」 「はい」 「ぼくと、オリオン座を見に行きませんか?」 冬の夜空でひと際強く青白い閃光を放つ、遠くて近い星。 その名は、オリオン座のリゲル。
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