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〈出さない手紙なら、ぼくがもらってもいいですか? 星が大好きなので、手紙の夏の大三角の模様が気に入ってしまいました。ダメなら返します。お返事ください〉 簡単なお願いごとだ。 ちはるは〈リゲル〉と末尾に書かれた最後のペンネームらしき名前に頬を緩める。 リゲルは、冬の星座、オリオン座を構成する一等星の名前だ。オリオン座の星の中でもひと際青白く輝く。 それを知っていて、自分の名前に使うくらいなのだから好きなのだろう。 ちはるはアパートの一室に帰ると、数種類ある便せんのうち一枚とりだした。白い便せんの中央に、薄い色でたくさんの星が集う天の川が描かれている。 〈リゲルくんへ〉 万年筆でゆっくりと書き出す。 〈手紙、読みました。いいですよ。でもくしゃくしゃだと思うので、別にキレイな便せんを一緒に入れておきます。星は私も大好きです。でも東京ではあまり見えないので、残念です……〉 見本のように美しい字体で手紙を書き終えると、ちはるは再び公園に向かった。 翌日、大学の講義を受け終えての帰り道。三叉路の公園にさしかかる。 ちはるは一度通り過ぎて、ふと誰かに呼ばれたように公園へと足を踏み入れた。 滑り台の穴をのぞくと、ちはるが入れた便せんはなくなっている。 代わりに新しい紙が入っていた。今度は白い便せんだ。 〈ちはるさんへ〉と、便せんのお礼から始まっていた。 〈……東京で星を見るなら、奥多摩がいいと思います。でも前に行った長野の高原はすごかったです。ちはるさんは、見たことありますか?〉 丁寧な口調で書かれた内容に、ちはるは万年筆をとって返事をしたためる。 〈……高原は星がよく見えますよね。私も大好きです。実は、私は生まれも育ちも長野です。高原もきれいに見えますが、一番おすすめなのは……〉 〈……ちはるさんは、長野の人なんですか。うらやましいです。おすすめしてくれた阿智村は、夏休みにお父さんにお願いしてみようと思います……〉 次の日も、その次の日も、リゲルと名乗る少年との手紙のやりとりは続いた。星のことやささいな日常のこと、学校のこと、友達のこと。 リゲルの毎日が弾むように文面からにじみ出てくる。 ちはるは重なっていく便せんの束が、潮が満ちるようにちはるの毎日に浸透していくのを不思議な思いで受け止めていた。
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