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身体にこもった湿った熱を鎮めるように、乾いた涼しさがちはるの周りを包みこむ。ちはるは駅の鏡で身だしなみを細かくチェックすると、駅舎の外に出た。午後3時。ゴールデンウィーク以来の長野の地は、東京と変わらず、夜へ傾いた太陽の光を浴びて佇んでいる。 「ちはる」と静かな低い声に呼びかけられて、ちはるは声のした方に振り向く。駅のベンチから片手をあげて立ち上がった相手、今井暁に、ちはるは意志とは関係なしに潤んだ瞳から涙がこぼれないように大きく見開いて、微笑んだ。 「久しぶり、暁くん」 「元気だった?」 「うん。急に、ごめんね」 「いいよ。それよりいつこっち帰ってきたの? いきなり会おうっていうから驚いた」 暁は、自然とちはるの手を繋いで歩き出す。その自然な流れは、2人の歳月を物語るようでちはるの胸を切なく締めつける。 「昨日帰ってきたの。……暁くんに話が、あって」 「……うん、いつものとこで」 人が多くはない商店街の小さな喫茶店に入り、暁とちはるは誰に言われるでもなく窓際の席に座り、アイスコーヒーを注文した。帰省したちはるが暁と会う度に必ず入る古い喫茶店には、初老のマスターと新聞を広げた男性しかいない。 「……で、話……って?」 静かな声のトーンだけそこに残すようにして、暁は目の前に置かれたアイスコーヒーから窓の外の景色へと視線を移した。 「……きちんと、したくて」 「きちんと、ね……」 ちはるの目の前で、暁は表情のない声で同じ言葉を繰り返した。ちはるはグラスの氷を見つめたまま一度目を閉じる。 眼裏に、オリオン座のリゲルの光が蘇る。その光を追いかけるように、ちはるは目を開けて正面に座る暁の顔を見た。 「このままダメになりたくない。また前みたいに手紙をやりとりして、ううん手紙が面倒なら電話でもメールでもいい、月に一度でも会って、」 畳み掛けるように言葉にしたちはるに、暁がふいに「それは、」と遮って、そしてもう一度「それは……無理」とゆっくり言い聞かせるように口にしながら、ちはるの目を見た。 「無理って、どういう……?」 「離れてるの、きつい」声を搾り出すように言って、暁はアイスコーヒーに口をつけた。 「ちはるのこと、嫌いになったわけじゃない。でも手紙とか月一で会うとか、余計にオレとちはる離れてるんだって思い知らされる」
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