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その区画には、朝早くから船に乗った、あるいは船で夜を過ごした人々が、ちらほら見られる。
そんななかで、その男は1人、おぼつかない足取りで歩いていた。
そろそろ乗船の時間だと、椅子を離れかけたとき、サリはよろめいたその男とぶつかりそうになった。
スエイドが間に入り、男に大丈夫ですかと声をかける。
男はふらつく足取りで、しかし1人でなんとか立っていた。
「あ、ああ、申し訳ない、何か粗相をしたろうか」
「いえ、ふらついておられるようで…」
「いや、大丈夫、なんということもない」
男はそう言って、立ち去った。
「なんだかお疲れのようですわね…」
サリが呟き、ミナは、床に落ちているものに気付いて声をあげた。
「それ、なに?」
ミナの視線の先には、1枚の紙が、折り畳まれた状態で落ちていた。
スエイドが拾うと、中から首飾りが、しゃらりと落ちた。
「まあ、大切なものかもしれませんわ」
首飾りには楕円の紺碧玉がついていた。
よく見ると精巧な模様が彫り込まれており、何かの花と、1人の娘が描かれていた。
「きれいですわね。先ほどの男性のものでしょうか」
ミナは辺りを見回した。
「もうすぐ乗船だから、誰か係の人に渡そう」
「そうですわ。スエイド」
「俺が行こう」
セラムがそう言ったとき、先ほどの男が大慌てで戻ってくるのが見えた。
「ああ、ちょうどよかった」
スエイドが言って片手をあげると、男は近寄り、スエイドの手の中にある首飾りを認めた。
「ああ、すまない、先ほど落としたようで…紙が一緒になかっただろうか?」
サリは手に持つ紙を示した。
「これだと思いますわ」
男は急いで、だが乱暴にならないよう気を付けて紙を受け取り、確かめた。
「ありがとう、大事な紙だったんだ」
言ってから、首飾りも受けとる。
そのとき、バルタ クィナール乗船許可の呼び掛けが天井から響き、サリたちは男に軽く挨拶をしてバルタ クィナールへと向かった。
乗船後、ライネスが来て言った。
「君らを運べて楽しかった。ありがとう」
サリが言った。
「わたくしたちも楽しかったですわ。ありがとうございます」
ミナもやわらかな笑顔で言った。
「色々と配慮してくださり、ありがとうございました」
ライネスはサリとミナに、順にやさしい目を向けた。
レテ湖縦断はあっという間で、一行はレテリム港に到着した。
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