先輩、人はそれを殺意と呼びます

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 悪人ではない。しかしながら天使である。  先輩という少女をわかりやすく表現するなら、この一文が妥当ではないだろうか。  少なくとも、浅学の僕にしてはこれ以上ないくらいに妥当だ。  改めて言うが、先輩…明智桃花は悪人ではない。しかしながら天使である。  彼女は赤子より純粋で、仔猫より無邪気な人間だ。   一切の悪意を、彼女は知らない。  ゆえに、明智桃花ほど天使を極めた人間は他に(僕が知る限り)存在しない。  幼い頃、そんな少女に強く憧れた。恋焦がれた。    誰よりも無邪気に笑う明智桃花という天使に、少年であった僕は不遜にも恋に落ちてしまったのだ。  今でも思い出す。手を握られ、熱く火照った頬の感触を。   急に黙りこんだ僕の顔を不思議そうに除きこむ、一つ年上の少女の顔を。   彼女は、明智桃花は、先輩はずっと僕の憧れだった。   小学校ではクラス委員を務め、その愛らしさと人懐こい笑顔で瞬く間に人気者になった。  中学校では生徒会会計に従事。更には全国テスト11位という驚異的な結果を残した。  そして高校、現在彼女は46代目生徒会長を務めている。   正しく才色兼備にして、高嶺の花。  僕のような俗物では、その御身を仰ぎ見るがせいぜいである。  たった数年間、されども数年。  長い人生においては一瞬の事。  しかしその一瞬は、先輩と僕を隔てるのには充分過ぎる時間だった。   僕とて、彼女に追い縋ろうと努力しなかった訳ではない。  だけど、ふと気づけば到底埋めようのない差がついてしまっていた。  皮肉かつ斜に構えた言い方をするならば、羽をもつ天使にマトモな人間が追いつける道理はないということだ。  こうして、僕と先輩が関わる事は殆どなくなった。  僕が、卑屈にも距離をとったから。  だと言うのに。もうその手を握ることなどないはずなのに。  「幸せだねっ!シナギ君!」     彼女は、記憶の中と変わらない無邪気な笑顔で    僕の腹に  カッターナイフを突き立てた。  もう一度確認しておこう。 彼女は、先輩は、明智桃花は悪人ではない。「しかしながら」天使である。    「ずっと、ずーっと、ずーーーっと!こうしたかったんだぁ」  「幸せだね!幸せだよね?シナギ君!」  遠退く意識の果て、最後に見たのは変わらぬ、求め続け、遂には諦めた笑顔。相も変わらず天使の笑みだった。
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