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「看護師さん、搾乳をお願い…」
佳苗の言葉を受け、看護師は傍らの器具に手をのばす。
…と、シエルの真っ直ぐな声がその動きを止めた。
「待ってください。
初乳はね‥‥
佳苗さんが直接あげてほしいんだ…ママンのおっぱいを知らない子は‥‥哀しい‥」
佳苗に添えた手の震えを、棄児という身上を背負う岡には隠せなかった。
込み上げる万感の思い‥錐を突き刺す胸の傷み‥。
己に欠落したモノの正体を照らす突然の光に乱れる心を静めようと、
佳苗の側をソッと後退り立ち去るのだった。
「‥‥え‥?‥‥岡クン!?」
「イイの、放っておいてあげて。
あの人…昔、フォンのお世話係が大好きだったそうよ。母親に恵まれなかった同士‥強い親近感を感じてたのね‥。
‥‥日本に帰ってからはすっかりあなたに懐いてしまったフォンに、自分はもう必要ないって‥この町をこっそり出ていこうとしたらしいの。
宮本さんに知られてこっぴどく叱られたみたいだけど(笑)
そうやって寂しい気持ちに蓋をして生きてきた人だから、自分を剥き出しに曝されたようで怖かったんだわ‥」
シエルは迂闊な自分を深く‥深く恥じた。
「そこいらのヤワな男とは違うから大丈夫☆
あなたが気にすることなんかないのよ(笑)
でもね‥‥
この子たちに‥私の乳房を含ませることは簡単だけれど‥‥
‥今は私‥‥この子たちを抱いたりしたら、今度は離れられなくなるかもしれない…。
ふたりのママはあなたよ(笑)
おっぱいなんてただの標し☆
シエルさん、
初めての授乳はあなたからにして頂戴。
この子たちと部屋へ行って待っててね、
初乳は直ぐに届けて貰うから。
私、少し疲れたみたい‥眠らせてくれる…」
そう言って、佳苗は乳房に搾乳器を充てた。
「よおっ☆来れたんだな、フォン!」
「今は陸上勤務だからな、非番を交代して貰った。
岡ちん…、こんなところでどうしたン…!!
まさか‥奥さんに何かあった‥!?」
病院に駆けつけたフォンは、玄関先の花壇の柵に凭れて自分を呼び止めた岡が、目を赤く潤ませていることに気づいて動揺した。
「慌てるな、母子共に元気☆無事!大成功!
めっちゃくちゃおまえたちによく似たイイ子たちだぜ♪」
「えっ!産まれたの!?うおおおおおおお☆
…ってもーっ!
こんなトコでお目々うるうるとか…何事かと思うじゃねーかよ!ビビったァァ‥
部屋はドコだ?早く連れてけ!!」
「少し落ち着けって☆コーヒーでも飲む?
…あ~…こんなおまえが父親かぁ…
先が思いやられる…
兄貴、きっと悔しがってンだろーなァ‥‥
『寝ションベンタレのクセに、シエルとガキまでこさえやがって!』なんてナ(笑)」
「寝ションベンタレだぁ!?うぜー!
クッソー‥立ち合いたかったなぁ~‥」
「バーカ、させるかっ!
予定日が外れて万々歳だ。
おまえはシエルさんの心配だけしてりゃイイの☆
当分の間は寝る暇もないんだゾ、おまえもたまには気遣ってやれよ‥」
「そーなの!?へぇェェ‥知らなかった…
これからは色々ご教授頼みますね、先輩♪」
「うむ、任せたまえ!
‥‥ホレ、ここがおまえの子どもたちの部屋、イッコ上の階がうちのかみさんだ」
「なんで?一緒じゃないの?」
「かみさんの希望でね、最初っから本人たちに任せた方がいいだろうって。
でも、わからないことや悩みがあれば何でも相談には乗るから無理はするなって伝言☆」
部屋に入ると、シエルが母親とエマに教わりつつ子どもたちにミルクを与えていた。
シエルはフォンに気付き、少し照れながら笑い掛けた。
シエルは美しかった。
カーテン越しに西日を浴びて微笑む様は、
教会のマリア像のごとく慈愛に満ちていた。
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