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ノックの音がした。
「あの‥絵の具が届きました…」
私は返事をする気になれなかった。
「‥‥‥キャビネットに置いとくね…」
足音が遠ざかるのを待ちドアを開け、シエルが居ないことを確かめてから、コッソリとキッチンへ。
さすがに夕餉の近い時間ともなると、ボードを張る作業を空腹が妨げた。
シエルはこの時間、たぶんいつも通りテラスでシャオの毛繕いの相手をしていると思われる。
ところが、人のいないはずの別のゲストルームの扉から工具を手にした彼がヒョッコリ現れた。
「アハ‥リクライニングのギアがイカレてて‥
‥‥ぇと‥絵の具‥届いたから‥」
「分かってる!‥‥‥‥‥‥ふ‥風呂だ…」
まるで反抗期のひねくれた中学生だった。
愛しいはずのシエルの顔を見るとイライラして、無下に突き放してしまう‥。
ダイニングテーブルには、昼食の残り‥‥ラップの掛けられたオープンサンドが処分されるのを待っていた。
シャワーを終え、残り物を持ち去ろうする私に気づいたシエルは、
「作り直すよ‥お腹壊しちゃう‥‥」
と、部品の修理を中断し私から皿を取り上げ調理の準備を始めた。
「夕食は、それでいい…部屋に持って来てくれ」
そう言い残し私は自室へと戻った。
絵筆を叩きつけるように、画板に張った雪中和紙一面を届いたばかりの群青で染めた。
再びドアをノックする音…。
「ソコに置いといてくれ‥」
あからさまに接触を避ける愚かな私に彼は何を思うのだろう…。
シエルの足音は暫しの間を経て、漸くドアの外を離れていった。
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