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その愛、誰のもの?①
シエルのスマホが鳴り続けている。
私達は立ったまま、互いに身体をピッタリと密着し脚を絡ませ合う。
溶けるような甘いキスの中、
シエルは私の髪や臀部を揉みしだく。
「…鳴ってる‥‥」
「‥出なくていい…」
「でも‥‥」
「呼ばれるのはあなただけでいいんだ…」
私はシエルの熱に抗えずキスを続けた。
私たち二人の世界を外界からシャットアウトするように、シエルの髪が私たちふたりの顔を隠した。
やがて電話は鳴り止んだ。
シエルの髪を梳かす私は、先程のコールが気になった。
「さっきの電話‥いいのかい?」
シエルは頭を動かさぬよう横目で流し見ながらサイドテーブルに手を伸ばした。
着信履歴を開くと小さく「あ‥」と声を漏らした。
「ほらみろ‥お客様?」
「ううん‥迷惑電話‥‥招かれざる魔女…」
さして気にかける様子もなく、スマホを伏せた。
私もシエルの髪をブレイズに編み上げることに夢中で、そんなことはスッカリ意識の外だった。
シエルの美しく露になった項にくちづけ、手鏡を渡した。
「よし、完成!‥どうよ‥‥結構器用だろ?」
得意げな私が言い終わるより早く鏡の前に立ち、シエルは嬉しそうに笑った。
「ウン!スゴいよ、イカシてる♪サイドが涼しいね☆」
「遊学中、知人のヘアーサロンでバイトしてて覚えたんだ、こんなとこで陽の目を見るとはね(笑)」
「カッコイイ…ありがと、大好き♪」
「知ってる(笑)
…集荷が来るの10時予定だから、もう少しイチャイチャできるナ♪」
「ダーメ!やめらんなくなる‥
おもてなしの準備しておかないと…」
「いいよ、どうせ編集の連中なんだから、ホットケ‥」
「ナニ言ってンの!だから余計ハリキッちゃうンだろ☆」
シエルは嬉々として昼食の仕込みを始めた。
昨日シエルが梱包を手伝ってくれたおかげで、こちらの作業はなく、
手持ち無沙汰だった私は猫を膝に、シエルの仕事をいつになくまじまじと眺めるのだった。
鮮魚を鮮やかに捌く手元、道具の扱いも、刻む混ぜる揚げるといった動作も、洗練されて無駄がない。
シエルの身のこなしから指先まで、まるで美しい舞でも観てるようだ。
特に食材のひとつひとつに向き合うときの凛とした眼差しや、ナイフを扱う手先指先の繊細で滑かな動きといったらたまらなく色っぽい‥。
塩加減をみた後に紅い舌をチラッと覗かせ唇を嘗める仕草のなんとも淫靡且つ可愛らしいことか!
果実の香りを嗅ぐツンと尖った鼻先が生意気そうで、つい手を出し摘まみたくなる。
「私にも何か手伝えるかな?」
「‥んー‥
あ☆じゃあね、
酢飯にするからコッチで扇いでてくれる?」
すべて同時進行‥手際よく料理は次々に形になっていく。
可憐な椀に香の物、
地元水揚げの海鮮をふんだんに使った華やかなバラちらし、
炊合せと揚げ物、
食後のお茶請けは蒸かしたての薯蕷饅頭
曽根君を筆頭にやってきた編集部の若手たちは、作品リストを照らし合わせ、荷物を慎重にコンテナに積み込んだ。
それからは、シエルのランチのもてなし。
若者たちには思いがけない感激の昼食会となり大いに盛り上がった。
「梱包を済ませて下さってたんで、随分楽させて貰っちゃいました(笑)
その上こんな豪華な昼食まで♪
今日の俺達班、めっちゃラッキーだったな!」
「いいよなァ‥佐々木先生…
僕もぉ帰りたくないっすよ~
この島、秘密基地みたいでワクワクしますよねっ♪
いつかはのんびり泊まってみたいなァ‥」
「ええ、是非!
春は島々が薄紅色に、
初夏の若葉は白波に映え、
秋は紅葉混じりの島と紺碧のコントラスト、
冬の星空には驚きますよ☆
特に真冬の禊神事は必見なんです!
三日間にわたり4名の若衆が神社に籠り、真水で穢れを払う水垢離で昼夜問わず修行を積みます。
三日目の朝、極寒の海に入り其々4体のご神体を抱き潔め、海の女神に豊漁豊作を祈るのです。
任期の4年間は結婚も許されず、親族に喪があれば神事に参加できない‥」
「‥‥うっわっ‥‥マジか‥信じられん…」
「でも、格好いいよな‥硬派っていうか、ストイックっていうか…男の中の漢
“止めてくれるな、おっ母さん!”的な?」
(笑)
「ボクも今度の冬で最後‥4年目の若衆なんです。是非お出で下さいね」
「そうなの!?何で言ってくれなかったんだ、私も聞いてなかったゾ☆」
「おうっ☆来るよ!来る来る!なっ☆
編集部みんなで応援しに来ようぜ!!」
「ソーだ…
先生、これから印刷所と色校のやり取り増えますけど、どうします?東京に戻られますか?」
ここの契約期限が近づいていた。
「うん‥も少し考えさせてくれ」
と、その件は生返事で先送りにしておいた。
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