その1

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「飲み物は?」 「そうだな‥熱いコーヒーを頂こうかナ」 芳しいコーヒーの薫りが立ち上ぼり、 テーブルには自家製桃のパイに南国の果実、 手土産のパトリック・ロジェと彼が庭先で手折ったヒマワリの一輪挿しも色を添えた。 彼は無造作にエプロンを外し汗を拭った。 (歓喜と苦悩は相反して遠からじ…) 美しい彼の裸体を前に、私はこれほど自分の性癖を呪ったことはない。 私がゲイであることを知れば彼はどうするだろう…。 私は宿泊を断られてしまうのだろうか? それとも、私への嫌悪を直隠(ひたかく)し、模範に従った最低限のサービスでやり過ごすのだろうか…。 残念な結末ばかりが浮かんで消える…。 奇跡のようなこの幸運を自ら手離すことだけは避けなければならない。 私は秘かな決意を固めるのだった。 ノンケを通すのだ! 私は平静を装い、彼に質問を試みた。 「うん‥好い風だ・・・・・六道君は‥」 「!!!あー‥ヤッベ‥ ごめん、ゆっくりしてて!」 彼は何を思い立ったか、慌ただしくコテージの奥へ立ち去った。 ‥‥‥まったく‥‥私ときたら‥ 勘も間合いもあったもんじゃない! たったこれしきの事で息は上がり、気力体力の大半を消耗してしまうんだ‥。 四十路も過ぎると、いろんな安全装置が働き、恋のトキメキにも迂闊に舞い上がれないものなのだろうか‥‥。 暫くすると、彼は洗いざらしの白いシャツを羽織り、長い巻き毛を纏め直しながら戻ってきた。 (‥‥‥‥美しい‥‥) 「さすがに‥エヘヘ…お客様をお迎えするのにヒゲはナイよね‥」 シェービング後の艶やかな頬を撫でながら背もたれのないスツールに腰掛け、はにかんだ。 そして私は見逃さなかった! 彼の屈んだ背中と腰の際から彼処(あこ)へ続く隙間が僅かに現れたのを‥。 おそらく、このジーンズの下には引き締まった小振りなヒップが二股へ続き、その先には逞しい大腿部が延びるのであろう。 まさに息を飲む、絵画から抜け出たような完璧な肉体美が目に浮かぶ。 「‥イヤ‥まぁ‥‥別に‥私は構わないが…」 上擦る声を悟られぬよう、コーヒーを一気に飲み干し呼吸を整えた。 健やかな好青年は、疑いもしないのだ。 よもや目の前の枯れかけた中年ゲイにロックオンされていることなど…。
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