その5

1/1

65人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ

その5

「間取りはだいたい説明した通り。 どこをどう使ってくれてもかまわないよ、自由にどうぞ。 洗濯物はバスルームのバスケットへ、 仕上がったクリーニングは部屋の入り口のキャビネットに置いとくね。 いずみさんの部屋の清掃ベッドメイキングは要望がないかぎりセルフってことで。 食事は基本ダイニング‥その他、時間も場所も臨機応変に…たまには気分を変えて砲台跡でなんてどぉ?(笑) 料理には自信あるんだ♪どんなリクエストにも応えるよ! アレルギーは? 好きなものとか苦手なもの、 口に合う合わないも遠慮なく☆」 至れり尽くせりで快適な環境にすっかり馴染み、作品製作も滞りない。 シエルは近頃、秘書やアシスタントの内容までこなしてくれる。 島内ロケーションは、整備された場所も手つかずの自然林も美しく、 特に荒涼とした歴史の残骸は、沁々と感慨深い…。 深い空と穏やかな波音に包まれ、 風に流れる木々や草花といい、野鳥や昆虫などの小動物たちといい、作品のモチーフには事欠かなかった。 「佐々木先生が〆切を守ってるってどんだけよ!いっそこっちに移住させちまったらどうです?」 1ヶ月が過ぎた頃、編集部長とその部下2名が様子を伺いにやって来た。 「君が噂の【先生のママン】か! これは驚いた‥素晴らしいナイスガイじゃないか!?」 「部長には宿の主が男性だとは一言も言ってませんでしたからね(笑)」 「僕もてっきり“ステラおばさん”みたいな熟年女将だと‥‥ こんなところで賄いなんて勿体無い! キミ、モデルをやってみる気はない?」 「断るっっっ!!! “こんなところ”で悪かったなっ! …ッタク‥これだから業界人は嫌いなんだ…絶対自分が格上の人間だと思ってる…」 「え~思ってないよぉ‥傷付くなぁ~‥よかれと思って誘ったのに…」 シエルは見た目のわりに派手なことを好まない、人に構われるより構いたい、根っからの裏方志向である。 「担当の曽根君とシエルがネットで事細かにやり取りしてくれてね、私のスケジュール管理は完璧だよ(笑)」 「このケーキ、メッチャ旨いっス! やべぇな… 曽根先輩、こんなの表舞台に上げたら女という女片っ端からかっさらっちまう!」 「確かにな…なーるーほーど‥‥ 先生も胃袋捕まれちゃあ、ママンの下僕になるしかないですね(笑)」 「ダレがママンだっ!食ったらとっとと帰ーれけーれ!」 「アハハハ☆ ‥シエル、彼等をあまりいじめないでやってくれ、宿代の元締なんだ」 「おぅ!テヘペロじゃねーンだッイケメン! 俺っちの先生の言う通りだぞ! ‥‥‥もーイッコくれっ、したら許す!」 「るせェ!‥くぬヤロ‥」 「あ゛年下のクセにムカつく💢」 「コラコラ‥イイ加減にしないか山岸‥‥‥。 佐々木の機動力が上がったところで、そろそろ画集の方も準備に入りたいんだが…どうだろう」 私の本業は日本画であったが、出版社の雑誌の表紙・大衆小説やライトノベルの挿し絵を手掛けているうち好評を受け、ありがたいことに新作オリジナルも交えた画集の企画が持ち上がっていた。 「この調子なら当初の予定でいけるんじゃないかなぁ、六道君もついてくれてるし…。 精一杯努めさせて貰うよ!」 大まかな段取りを打ち合わせ、画集を曽根君が中心に、継続中の仕事は後輩山岸君が引き継ぐことになった。 久し振りに仲間たちと送った賑やかなひととき。 「部長、出版記念パーティーは此処でどうです?!」 「おお☆イイね!六道君はどうだい?面倒がひとつ増えるが‥‥」 「面倒なんてとんでもない!勿論、おまかせ下さいっ♪」 「わぁぁぁ~‥ あの酒癖の悪い連中が此処に!? その日だけは他所の旅館に移ろうかな…」 「安心して竹脇さん、主役の首輪はボクがしっかり掴んでおきますよ!」 シエルは3人を港に送るためボートの準備にかかった。 曽根と山岸はプレジャーボートに興味津々でシエルの後を追った。 部長竹脇は若者達を眺めながら、イイ仕事になりそうだと上機嫌だ。 「ところで、どうなんだ?彼とは…」 私以上に私の悪癖を熟知している旧くからの親友…竹脇は、ワイングラスに映る私に問い掛けた。 「俺には尊過ぎて‥‥手なんか出せない(笑)」 「ならいいが…やっぱり惚れた‥か。 お前さんの恋愛は危なっかしくてみてらんねんだよ。直ぐ作品に影響するからバレバレ‥」 「キサマが言うか?」 「ともかく、この軟禁作戦は正解だったな。 仕事は捗る上、顔色も良くなったし笑顔も増えた」 「まぁ、3年前みたいな刃傷沙汰はコリゴリだからね…自戒してるよ。 あの時お前が偶然同じ店に居合わせなかったら、今頃絵なんか描いてられたかどうか…」 「いつもいつもいつもいーっつもっ! 世話が焼けンだよ、お前って男は!‥‥人の気も知らないで…」 「ぶちょーっ!!準備できましたぁ、乗りましょう!」 桟橋で曽根君が叫んだ。 「それじゃあ、またな…」 「おう、気をつけて」
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加