その6

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その6

「やぁ、お帰り☆ご苦労様」 「アレッ!後片付けやっててくれたの? ダメだよ、かして!‥出海さんに怪我でもされたら‥」 「大袈裟だなぁ(笑)これくらい手伝えるよ‥。 突然の訪問なのに、ご馳走までありがとう。 皆ご機嫌で帰ってった(笑) それにしても騒々しい連中で参ったろ?」 「ううん、ちっとも…出海さんの楽しそうな顔が見られたんでボクも嬉しかった。 むこうでは、こんな風に仕事をしてるのか~‥ってね♪」 「衝突することの方が多いけどね(笑)特に部長の竹脇とは幼稚園からの悪友だからヒドいもんさ。 君‥山岸君とは気が合うみたいじゃないか」 「ボクが!?‥‥‥ゲ なんなんだアイツ“オレの先生‥オレのセンセー”って‥‥ホモかよっ! ボクの方が出海さんのことスッゲー見てンのにっ!」 「おや‥ヤキモチかい?‥‥光栄だね(笑)」 「ナニそれ…モテ男、ヨユーじゃん‥‥」 「余裕なんてあるわけないじゃないか…君は人気者で…私は何時此処を放り出されることやら…。 君は真っ直ぐで明るくてノリがイイ‥仕事も出来て愛され体質だ。 恋敵が多くて非常に心配だよ‥」 「プフッ‥出海さんまで…恋敵だって(笑)」 一瞬シマッタ!と思ったが、彼は私の単なる軽口と聞き流したようだ。ニヤリと笑うと、こう続けた。 『ボク知ってるぅー☆ 最近釣具屋のおかみさんがやたら派手になったンだぁ~☆ 加工場のマダムたちもオシャレに気を使うようになって、 冠婚葬祭でもないのに急に忙しくなったって美容室のにいさんがぼやいてたよ(笑) ‥出海さんが港を出入りするようになってからだもんね~」 「私は関係ないだろ…テレビかなんかの影響なンじゃないの?」 「・・・奥さん出来ないワケだ‥‥はぁ‥ …いじらしい女心‥わかってあげなきゃ…」 「君に解るのかい?女心が…」 「解るっていうか‥好きな人には少しでも良く見られたいって思うの普通ダロ?」 「そーか?‥ぅん、そう‥かもナ…。 だけど私なら、自分が想う相手にはありのままでいてほしいな。自然体が一番素敵だと思うよ」 「ふぅン‥自然体かぁ…」 そう呟いたまま、シエルは洗い物に専念した。 「‥‥ありのままか‥‥‥ありのままね‥‥ けどナァ‥‥‥‥」 ふと、しえるが独り言つ。 「‥え‥?」 「‥ンー‥‥ 前に話した背中のコの彫師がね、見学…OKだって‥‥‥来る?」 「なに!訊いてくれてたの?」 「うん‥出海さん、熱心に見てたから…」 私には願ってもないチャンスだったが、シエルは少し浮かない顔だ。 「むこうも会ってみたいって‥‥出海さんのことはアート界で有名だからよく知ってるって言ってた…」 「そうか‥フム・・・・・イヤ‥ とってもありがたい話だけど、そういうことなら今回は遠慮した方が良さそうだな。 君たちの厚意は改めて‥‥」 「なんで!?遠慮なんかするなよ! 出海さんには従うって、初めて会ったときオレ約束したじゃん! 興味あンだろ?‥‥こんなヤクザのおえかきっ!」 苛立つシエルは初めてだ。 どこか投げ遣りで捨て鉢…気安くこの誘いに乗るわけにはいかない気がした。 「そんな約束したつもりはないが…。 ‥‥いいんだよ。 興味本位じゃ失礼だろ? 製作の現場は作家やモデルのプライバシーに触れるデリケートなものだ。こんな素晴らしい情熱が込められた作品を部外者が押し掛けて雑念で乱しては申し訳がたたないよ。 君は、私のつまらない好奇心にまでつきあう必要はないんだ。 先方の折角の快諾を断るのが忍びないのなら、私から直接詫びを入れるけど?」 「ちが‥乱暴な口きいてごめん‥‥ …ボクは‥出海さんに来て貰いたい… ほんとは‥‥スゴく‥傍にいて欲しいんだ‥。 ‥‥‥こんなこと‥とても恥ずかしくて‥他の人には言えない‥‥‥でも‥聞いて… …独りで行くのが怖い… ひとりじゃ行けない‥‥ ‥‥‥でも‥ボクは行かなきゃ…」 怯えるようにシエルは言葉を絞った。 「怖い?」 「‥こわい…嫌だ‥行きたくない‥‥ 血の匂い‥‥身体中‥錆びたカッターでなぶられるみたい…その後必ず寝込む‥もぉ‥しんどい‥」 「今すぐ止めなさい!! ああ、行かなければいいだけのことだ! 生身の人間に一生残る傷を入れるなんてばかばかしいこと‥何故君は続ける!!!?」 「ボク‥こんなだから‥ビビりだから‥人の何倍も時間かかっちゃってて…でも、やっと…もうじき完成するんだ‥‥止めちゃダメなんだ…出海さん誉めてくれたし… きっと平気だから‥出海さん居てくれるなら…ボクは平気‥なんだけど…」 「私は君の意思でやってることだと思っていたから! 強制されてるのなら言語道断だ!」 「もうすぐなんだよ!もう少しで完成するの…一緒に来て‥お願い…ボクに力を貸して!」 すがるように私を見つめて懇願するシエルがどうしようもなく憐れで見ていられない‥‥私は承諾する他なかった。 「…解った、 行って、俺がソイツに話をつける!」 兎も角、施術の日は私も同行し、 その場で中止を求めるか、 場合によっては、 彼を連れて逃げる腹だった。
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