人魚の声

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シエルはサロンを飛び出し桟橋に降りて行った。 外灯の下‥踞る彼の足下に老猫シャオロンがノソノソと近着き、隣にちょこんと腰を降ろした。 竹脇が私に問い掛けた。 「‥‥‥気まずい?」 私は言葉を探していた。 「…いや‥そうでもない…」 いくら思い返せどわからぬ…これまで一瞬たりとも竹脇がそんな素振りを見せたことがあったか? 自分の色恋の範疇に竹脇が潜んでいようとは思いもしなかった。 「‥‥おまえとはガキの頃からしょっちゅう一緒に風呂にも入ったし、素っ裸でプロレス技をかけられたりもした。 ふたりして狭いベッドに寝てたって、なんてことなかったじゃないか。 ‥‥なぜ私に手を出さなかった‥?」 「俺は好きなオカズは最後に食う質でね‥。 大好物なら最後の最後迄とっておきたいってモンさ。 ‥‥で、食うタイミングを図り損ねた(笑) ‥‥‥怖かったんだよ‥‥ 当時のおまえはスーツの紳士に御執心、まったく脈がないのは分かってたから。 告って拒否されようモンなら、俺は立ち直れる気がしなかったんだ‥‥おまえの傍にいられなくなる事が何より恐ろしい‥」 「父親程の恋人作っては、自分もいっぱしの大人気取りだった‥‥浅はかだな…」 「ほら‥見ろよ、あのシエルの猫‥‥ 只々‥ああして並んでるのが心地イイ。 ‥あんな風にさ、おまえの周りの空気のように無くてはならず‥目立たず‥一生一緒に寄り添えたら最高じゃないか☆」 それから竹脇は「おいシエル、いつまでそこにいつもりだ?夜風は身体に悪いゾ!」と大声で叫び、席を立った。 私も寝室からブランケットを持ち出し、桟橋から戻ったふたりの肩に掛けた。 「学校の送り迎えに来るおまえの恋人達をいつも苦々しく思ってたよ‥。 奴等を待つおまえにも腹が立った‥‥なんでおまえの隣が俺じゃないんだ…。 相手の幸せを願うのが愛だってンなら俺は違うゾ。嫉妬の塊…心底ボロボロになっちまえと願ってたよ。 そして、別れたいだのフラれたのとおまえが泣きついてくる度、心の中でガッツポーズだ(笑) 最終的に佐々木を受け留めてやれれるのは、この俺だけ…優越感さえ感じてた。 俺にしてみれば、佐々木は既に俺の手中にあったも同然だった」 「ぁ‥あの‥竹脇さん‥‥。 ‥‥僕が‥出水さんに‥‥ソノ‥‥love ‥‥ ‥‥な‥時も‥‥やっぱり‥‥そぅ‥‥?」 シエルが恐る恐る口を挟んだ。 「アハハハハハ☆ シエルはな♪観念したっていうか‥‥、 ケチのつけようがないじゃないか! 佐々木との奇跡の出逢いと幸運に度肝抜かれた(笑) コッチは既に散々辛酸なめ尽くしたオヤジだもんな、君のようなパーフェクトな人材とお近づきになれて光栄でしたヨ♪ 気付いたら我が事のように応援しちまって… 君は我々にとっての素晴らしい財産、天からの素敵な贈り物だとつくづく感じてる。 ま、運命の男には逆らえんが‥‥。 なあ、佐々木(笑)」 所在無げなシエルと私は思わず顔を見合わせ、一瞬にして頭から火を吹くほど赤面し、互いに身体を叛け(とぼ)けてみせた。 竹脇はスコッチを喉に流し込んだ。 「‥ックハ‥‥‥‥聞いてくれ、シエル‥。 ‥‥‥俺は‥今でも時々思い出すんだ。 遠足で仲間の輪に入らず、ひとり仕出し弁当を開ける佐々木の寂しげな顔‥‥ そんな佐々木を俺の腕に包んでやりたいと、幾度思ったことか… 俺の恋しい人は永遠にランドセルを背負った半ズボンの“いずッチ”なんだよ。 お互い、善くも悪くも歳を重ねてイイ具合のおっさんになり果てたナ(笑) 相変わらず劣化知らずの美貌ながら、シエルの年齢だって出逢った頃の俺達と変わらん。 フォンはあの頃のシエルの歳に近付き‥‥ ‥‥フ‥ 其々‥紆余曲折あってサ… でも、こうして旨い酒を酌み交わせる今が、 俺は最っ高に幸せだ!!」 「…ぁぁ‥‥‥だナ…。 嬉しいよ、居てくれて‥ありがとな… “あずクン”(笑)」 「‥‥いずッチ‥?‥あずくん‥て‥フフフ‥ ‥‥すてきです!‥‥‥エヘヘ‥‥クスン‥ すごぃ‥ステキ‥ふたりが…羨ましぃ‥」 「次はフォンも交えようや♪」 我々は改めて乾杯のグラスを鳴らした。 「俺のマストアイテムが小学校卒アルって、おまえ知らなかったろ(笑) “いずッチ”のリコーダーと体操着はむちゃくちゃヤバいぜ(笑)」 「え゛‥‥‥竹脇‥おまえ‥‥大丈夫か? 私はおまえのことが心配だよ。 ‥‥ペドフィリア‥ってこと‥ないよな…」 「ガクチューまでのハナシ! おまえにカミングアウトされた小5からのお猿時代だよっ! さすがに罪悪感やら劣等感で自己嫌悪、メチャクチャ凹んだヮ…恥ずかしくて…なンか‥学校とか‥おまえの顔、まともに見らンねーし(笑) 俺もウブだったよね~☆ おまえから日本を出るって聞かされた時は、今生の別れに思えたよ。棄てられた気分だった。 それで俺は覚醒したんだ、 おまえがどんな時にも拠り所となれる柱のような男になっていようと、進学も仕事もガムシャラがだった。 ‥‥だから、 フォンの気持ちは痛いほど解る‥‥。 おまえの傍に居られれば俺の自己実現は殆ど果たせたも同然。 親兄弟よりも長く‥濃く、そして深く、 おまえと共に呼吸を合わせてこれたことを、強く誇りに思うよ」 「バッ‥‥バカ言え‥くだらない‥‥‥ おまえの方こそ最高の男じゃないか…、 永久不滅の自慢の相棒だ!バカヤロー!!」 竹脇が「お前も呑め!」と肩を組んできた。 「…但し‥チューはヘタクソだけどな(笑) ‥‥こうやるんだ…」 私は竹脇の顔を鼻先でつつき彼との距離を近くで感じ、目線を合わせながら息を止めて互いの唇同士をそっと触れ合わせた。 「‥‥酒クセェ‥呑んだくれのオヤジめ‥」(笑) 「…ヤベ‥老いらくの恋か‥惚れ直す‥‥」 シエルがソファの陰で身体中を火照らせシャオの毛に顔を埋め、 「‥い‥イイ?‥‥もぉ‥目を開けてイイ? ‥‥‥おわった? …もーー‥いーーー‥かぁぁ~い‥‥」 と、声を潜めて呟いた。
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