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翌年…
竹脇は定年を待たず会社に早期退職を申し入れ、個人事務所を立ち上げた。
出版業界に定年制度など有って無いようなものなのだが、
竹脇自身のカミングアウトによる自己解放は、我々の余生にあるべき方向を決定付けたように思う。
つまり、彼は徹底的に私を自分の管理下に置くつもりらしい。(汗‥)
こうして我々の関係は社長と専属作家に…それ以上でもそれ以下でもない。
「貴様は都会に居ると作品が痩せてくる。
艶も色気もあったもんじゃない‥。
肉体と魂が拮抗する死と再生‥八百万の神々が宿る自然と人々の調和…即ちエロス!
エロスが足りんのだ!エロスがっ!!
描き足りないンだろう?
シエルとあの島の風景を。
あの環境がおまえに高貴なイマジネーションを授けてくれる‥」
都心の私のマンションを上京用に残し竹脇は自宅を処分、
港を臨む丘の上にアトリエ付きの事務所兼住居を建てた。
かつてマチルダの一家が滞在していた別荘の跡地であった。
竹脇は移住にあたって、私の知らぬうちにシエルと相談し‥念入りに計画を練っていたらしい。
ちゃっかり小型船舶の免許も取得していた。
この地に骨を埋めるべく…。
「なんだ…寝室は一緒でなくてイイのか?(笑)」
「フンッ‥オヤジ同士でサカってどうする…
プロレスゴッコにしたってムリがあるだろ‥
同居とはいえ、お前とはライフスタイルが全く違うんだ。
長い長い誰かさんの子守に俺のスタミナも尽き果てたよ(笑)
‥‥ここからならあの小島の宿屋も見える。
この距離がおまえには重要だと思わんか?」
私の相棒は誰よりもお抱えの習性を熟知している…新しい住まいは私を納得させるに充分だった。
恋しさや切なさといった胸の疼きを静かに保ち続ける隔たり‥‥何かあればお互いにいつでも直ちに駆けつけられる距離感。
忍び寄る各々の寂寞を其々の存在が少なからず和らげてくれるだろう。
何より、シエルと同じ空の下うつろう季節に日々を彩られ、無二の親友と共に人生の終章を迎えられる充足感はナニにも代えがたい。
#######
「いっそこの島に住んじゃえばよかったのに、ナンだよ‥このビミョーな距離‥‥」
年末に帰省したフォンは不服なようだった。
「僕だってそう勧めたんだ。
椿寿庵のふたりは港に戻ってっちゃったし…
でも、竹脇さんは『必要以上に島の景観を変えたくない』って聞き入れてくれなくて…」
「宿泊の客は不審に思うゾ…無人島に謎の絵描きなんて(笑)」
「ハハハ‥確実にお客様を失くすことになりそうだ(笑)
さて、我々はこれにて退散するよ。
シエル、ごちそうさま☆」
「え~!もぅ帰っちゃうのかよぉ!?
ちぇ~‥つまんねー…」
「アトリエならいつ来てくれてもイイゾ。
但し、ケンカしたから泊めてくれ‥とかお断りナ(笑)
フォンが帰ってきたっていうから元気な顔をチョイと拝みに来ただけだ。
シエルはここのところお疲れ気味だし、
君もたまの休暇なんだから、ふたり水入らずでのんびり過ごしたまえ。
(‥シエル‥どうなってンだ?あの件‥)」
「(ぅ‥‥実は‥まだ…。
卒業まで待とうと思ってる‥)」
「卒業?“待つ”って‥ナニよ‥?」
「何を躊躇ってんだ?
こういうことはグズグズしてるとキッカケを失うものなんだ…なぁっ☆竹脇!」
「おうよ!
フォン、おまえ‥シエルと番いになれ☆」
「‥‥‥‥は?」
「これ以上戸籍を弄る必要はないが…、
でも、キチンと神様と皆の前で誓え。
『生涯仲睦まじく夫夫として生きていきます。シエルは俺のものです、誰も手を出さないで下さい、出したらタダじゃおかねーぞ』
てな具合にナ…ふっ‥ふふふふふ‥♪」
「???どーゆーコト?」
「ホラ、シエル‥
君から言わんでどうするっ!!」
「う‥へ‥ァ‥あ‥ぁ…ぅああああぁー!!
…だから‥ぁの‥‥‥‥‥‥もぉっ☆
フォンッ!僕と結婚して下さいっっ!!!」
フォンは切れ長のアーモンドアイをパチクリ見開いた。
「‥‥って‥‥‥シエル、
親父のコト今でも好きだから…
俺は息子だから…ダメ…って、
だから俺‥シエルの息子でいる覚悟を決めたんじゃねーかよ‥。
それを‥ナンだよ今更‥‥結婚?
神に誓え?
冗談もいい加減にしてくれよっ!
誓わなくっても好きが止まンねーから困ってるっつーの!
あ!ソーか‥学部長から連絡来たンだな?
フォン・ミヤモト前代未聞のオチコボレで見込みナシだって?
励ましてんのか‥ソーやって餌吊って?
そーだよ‥オレはシエルのコト踏ん切りつけられなくて、全然空回りで、ちっとも士気が上がんなくて…学科も訓練もグダグダ…」
「ホント…チャランポランなダメオヤジだね、僕は‥‥
ごめんね‥フォン‥
そうさ‥今更何言ってんだろ…
でも‥‥‥好きなんだ‥
フォンが大好き‥‥
僕には君が必要で、
僕はもう君無しでは生きていけないみたい…
いっぱい抱き合って、いっぱいキスしたいって思うの…
オヤジのクセに‥キモいね‥‥
なのに…
僕は、君とならどんな困難にも立ち向かっていける気がするンだ。
君が落第ならそれも仕方ないさ‥君が次の目標を見つけられる迄僕は待つ。いつまでも。
敗残者の道を選ぶのなら、僕も君と共に堕ちるとこまで堕ちいくだけ…
もう‥‥
二度と触れられないあの人の後ろ姿を追うことに疲れた‥
疲れたんだ‥‥
‥逢いたい‥
あの人に逢いたい‥‥逢いたいよ‥
環さん‥
僕ね‥今、恋をしてるの…
あなたと同じ香り‥同じ声‥同じ面影
同じ癖の‥男の子に‥‥バカだよね‥
僕は囚われて‥すっかりメロメロなんだ…
ねぇ‥僕を抱き締めて‥お願い…
寒くて‥凍えそうだよ‥‥‥‥フォン‥‥」
シエルは力なく微笑んで私の腕に崩れ落ちた。
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「意識が混濁してる‥‥やはり体調が優れなかったのか。
無理をさせてすまなかったね…ごめんよ‥」
「出水さん、竹脇さん、あとは俺が…
大丈夫‥心配しないで。救急対応はオテノモノだから(笑)
…じゃあ、おやすみなさい…」
我々はシエルをフォンに任せ島を後にした。
(いくらでも抱きしめるさ‥シエル‥
親父が残してくれた最高の形見だもの‥
あなただけが真実‥俺の永遠の恋…)
シンと静まり返る二人きりの部屋で、
フォンはシエルに寄り添い、一夜を明かした。
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