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「法律があるのに、人は罪を犯す。物を奪う、火を放つ、人を殺す、ドラッグを摂取する。禁じられているにも関わらず、その行為に走ってしまう。何故だと思う?」
「……」
「禁じられているからだよ。人間というのは実におかしな生き物だ。触るな、と言われるとつい触りたくなってしまう。それと同じだ」
「違います、同じじゃ」
「何が違うと言うんだい?」
瞬間、背筋に寒気が走った。言葉に、意志が宿ったのだ。『善』だと信じきっている、歪んだ意志が。
「法律があるから悪いと言ってるんじゃない。けどそれが無意識に、人の心に侵食してるんだ。悪魔のように」
その比喩通り、署長の顔が歪んだ。悪魔のように、ニヤリと。
「それを身近に感じているのが、弁護士や検察、そして警察だ。ほら、世の中にはいるじゃないか。警察官だというのに罪を犯す者が。滑稽だと思わないかい?正義を謳っているものが、悪事に手を染めるなんてのは」
「……もう、いいです」
限界だった。寒気が背筋を伝い、身体中に、骨にまで染み込むかのようだった。耐えられない、聞くに耐えない滅裂な言葉の数々。
「あなたたちを逮捕します」
例え上司でも、組織のトップでも、犯罪者は犯罪者だ。それなのに、体のどこか、脳のどこかが拒絶反応を起こしてしまう。
震える手で、なんとか手錠を取り出せた。一歩、進む。その瞬間、スキンヘッドの男の顔が歪み、手が懐に伸びた──。
パンッ!!
突如響く、乾いた発砲音。音の方に目をやった。発砲した事を主張する、微かな煙を銃口から流れ出ている銃を手にしてるのは、小林だった。
「こ……小林」
銃はあくまで威嚇のため、動きを抑制するためのものだ。発砲は、特別な事情がないかぎり、引き金を引いてはならない。
背後でドサッと、重い音が響いた。振り返る。スキンヘッドの男が、心臓から血を流して倒れていた。車両が照らす輪の中で、鮮血が場違いのように広がっていく。
心臓。生きるために必要な、最も大切な臓器。そこを的確に射抜いてしまっている。誰の目にも、絶命したと見てとれる。
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