第1章

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上司に手錠をかける日が来るなんて……。まだ嘘であってほしいという思いが残っていて、息が苦しくなる。それを表情には出さないように、私は署長の正面に立った。 スキンヘッドの男に群がっていた男達も、悔しさに歯を食い縛りながら腰を上げている。 「署長。腕を前に出していただけますか」 「お情けかい」 「……えぇ」 偽らず、私は肯定した。署長を署長と呼べるのは、彼が我々の上司であるのは、この瞬間が最後だ。だから今までの感謝を込め、最後ぐらいは敬意を払おう。 署長が腕がゆっくりと前に伸びてくる。最後の抵抗のように緩慢なのは、大目に見よう──。 「白井君」 ──なんだ……なんだ、いったい。 肌に触れる空気が、署長の態度が、目に見えてはっきりと変わった。腕は中途で止まり、目は感情をなくしたかのように、不気味なほど静まっている。 それはいい。土壇場で抵抗するのは、『悪』に染まってる証だ。おとなしく捕まってくれるなんてのはおかしいと、頭の片隅で警鐘が鳴っていた。 けど大きな抵抗、例えば海に飛び込んで逃げる等という馬鹿げた抵抗なんてのはしないだろうと、無視していた。上司というのもある。 けど、何かがおかしい。無視できないほど甲高く鳴る警鐘。危機を知らせている。そう、それはまるで──。 「白井君。君は、出来損ないの人間だ」 「なっ……!」 反論の言葉を紡ぐ前に、発砲音が鳴った。続けざまに、何度も。 パンッ!!パンッ!!パンッ!! 乾いた音なのに、耳をつんざく威力を持っているその音は、すぐ近く。正面や、横や、後ろ。 私の前には署長がいる。その後ろには、四人の麻薬売買人と、一人の死体。 四人は、自分の足で、しっかりと二足で立っている。ニヤニヤと不快で虫酸が走る笑みを浮かべて。 ドサッ、ドサッ、という倒れていく音は、その近く。私の部下が、背中を蜂の巣のように射抜かれ、血を流している。それを目撃し、私の思考は、理解できないと停止した。
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