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ついて行った先は、薄切室だった。
薄切とは、包埋室の次の工程であり、
パラフィン(ロウソクの元)で埋め固めた臓器を、わずか0.1ミリの厚さに切って、プレパラートにのせる工程。
専用の薄切装置で、パラフィンブロックにした臓器の断片を、ちょうど標本にのせる部分まで削って、一番必要な断片を個体差がないように同じ厚さに切るため、一番、職人技が必要である。
さらに、切った断片を、割り箸を使って瞬時にすくいあげ、シワやゴミが含まないように水槽に浮かべたら、プレパラートで掬い上げるように貼り付ける。
その、水槽から、断片をプレパラートに乗せることを、マウントというのだが、
薄切室に着くと指示された仕事が、それだった。
「中川、横について、マウント手伝って。」
案件の試験番号が印字されたプレパラートの束を、ケースごとドバっと渡された。
プレパラートを受け取った手が緊張で震える。
「これって、本番の試験のですよね?」
「本番ですけど。なに?」
既に椅子に座って、薄切を始めた山崎が、怪訝な顔で一瞬手を止めて振り返る。
「練習しかやったこと無いです。練習でも、時々シワにしてボツにしちゃったりして…その…もし…本番なのに失敗したりしたら…どうし」
山崎の目を見て緊張を訴えると、
まるで、何だそんなこと?とでも言いたそうな顔で、声を被せてきた。
「失敗するなよ、とは言ってないだろ。その時は、また切るから大丈夫。」
「…」
一番いい場所まで削ってから、薄切した切片なのに、失敗して、また切ることになったら、少なくとも数ミリは、また平らにするまで削ってからでないと標本に出来ないことを知っている。
何回も失敗は、許されるものじゃないことは知っている。
それなのに、平気で「大丈夫」なんて言えてしまうなんて…。
いつも意地悪や貶されるような事ばかり言われてて、優しい言葉をもらい慣れていないからか、
案件を手伝えることが、プレッシャーなのと同時に嬉しいからなのか、
山崎の言葉に安心と優しさを感じで、胸が熱くなった。
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