3人が本棚に入れています
本棚に追加
「くっ…!」
気圧されている場合ではない。反撃しなければ――。
幸い、ここは木々の繁る森の中である。長物の武器を振り回すには少々手狭であり、死角となる場所も多い。
赤狸とて一介の忍びである。
相手に自分の動きを気取られぬようにし、影からこれを討つ技術は一流だ。
既に正面から対峙した後ではあるが、このまま素早い動きで翻弄し、死角からの一撃で 一気にカタをつける――。
背後、影、頭上。常に死角をとるように位置を取り、クナイや鈴弾で急所を狙うが、つぐみはそのどれもを少ない動きでひらりと避ける。
それもそのはず。つぐみは『百々目鬼』と呼ばれる鬼である。額の目の他、その身体のどこにでも目があるのだ。
赤狸が背後に回れば背中に、低い体勢をとれば脚に。その目は常に赤理をとらえ、その動きを読んでいる。
赤狸の口から思わず漏れる舌打ち。しかしいくらこちらの動きが見えていると言っても、『こちらが放つ攻撃を避けられなければ意味がない』。
交戦の中でつぐみに生じた僅かな隙を、赤狸は見過ごさなかった。この一瞬を逃すまいと、赤狸は右手に風を纏わせ、渾身の一撃を放った。
「いい加減! 大人しくするじょ!」
轟音が木々を震わせる。赤狸の一撃は確かに、避けられはしなかった。確かに命中したのだ。しかしつぐみは、全身に少なくない傷を受けながらも、その拳を三叉槍で受け止めていた。
先程生じたかのように見えた隙は、おそらく罠。肉を切らせて骨を断つ。赤狸に至近距離から大技を撃たせ、大きな隙を作るための作戦だったのだ。
「しょせん、偵察係の鬼や思てなめとったやろ?」
まさかこの女鬼が、あの技を受けきるとは思わなかった。つぐみの言うとおり、赤狸は油断していたのだ。戦闘能力は高くない鬼とみくびっていた。
唇から血を吐き捨て、つぐみは笑う。
槍の柄での一突き。赤狸の鳩尾を突くその衝撃は重く、声にならない音が肺から出た。
木々の隙間からもれる逆光。地面に倒れ込みそうになりながら、つぐみが槍を大きく振りかぶるのが見える。
まずい――、直感的に察するが、体勢を立て直すことができない。
「ウチかてなぁ、伊達に長いこと、あの虎についてきとんと違うんやで!」
その台詞と共に、つぐみの刃が赤理をとらえる。そしてそれはそのまま、勢いよく地面へと突き立てられた。
最初のコメントを投稿しよう!