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先程までの戦闘音は全てやみ、今この場を支配するのは静寂。遠くの方から聞こえる怒号が一層、この場の静けさを際立てていた。
「……手加減しないんじゃなかったのか」
その静寂を裂いたのは赤狸の声だった。
そこには若干、不満を感じているような気配が滲んでいる。
「してへんやろ。思いっきり吹っ飛ばし たらスッキリしたわ。これでこの喧嘩は終いやな」
仰向けに倒れる赤狸に跨るように膝を立てたつぐみがそれに応えた。突き立てられた三叉槍は、赤狸の首のすぐ横で衝撃の余韻に震えている。
「今回の件、どうせアンタらの企みじゃないやろ? ならここで戦力を潰しあうんは得策やない」
アンタと違ってウチは視野が広いんや、と言いながら、つぐみは地面から獲物を引き抜き、立ち上がる。
そして額から流れる血や手足についた汚れを拭い、赤理に背を向けた。
これ以上の戦闘の意志はない――それは確実なようだった。
「元々こないな状況で、アンタらに裂いてる時間なんてないんや。それをまぁ、遊び半分に邪魔してくれよってからに……。そら反撃されても 文句は言えへんで。アンタもう少し冷静に動けへんの?」
返す言葉もない。今回の件は元より、鬼と思い反射的に手を出した赤狸が悪いのだ。
それを敵であった鬼に説かれ、「冷静になれ」等と言われているこの状況は、酷く情けないものではあったけれど。
「ほな、とっとと立ちぃや。あんはんならこんな傷すぐやろ。ウチは上司様やその上司様とっとと探さなアカンからな、もう行くで」
赤狸は唇を噛み黙ったままだったが、つぐみは返答を求めているわけではないようで、そう言い残すと、一分一秒も惜しいといった風に再び森の奥へと消えていった。
おそらく赤狸が仕掛けなければ、つぐみはこちら側に危害を加えるようなことは何もしなかったのだろう。完全に赤狸の失策である。
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