第1章

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 しばらくこの言葉をブキミが繰り返し、5、6回目になるかというところで十円玉が「はい」へ動く。いつもこの間は絶妙で、私は一瞬驚いてしまいそうになる。時には急にズズッと動き、また時にはゆっくりと這うように「はい」へと動いていくことも、また時には、最初に1ミリほどビクッと動いてからスーッと移動したりもする。本物のコックリさんだって、こんなに間を読むのが上手くないんじゃなかろうか。他のことは何でも人並み以下のくせに、妙な才能がある子だと思う。  ブキミの言う正式なやり方に沿い、鳥居の位置へ戻るよう「お願い」する。それから、私とブキミの前世や何かについての質疑応答が繰り広げられる。おとといやった時に、前々世で私もブキミも女優だったと言われたので、2人はライバルとして競い合っていたのか、とブキミが不安げに聞く。前々世って女優が存在する時代で計算合うのかな。答えは、ライバルではなく、とてもいい友達とのことだった。 まあ、これだけ演技ができるんだからたしかにブキミは女優向きかもしれない。最近個性派女優流行ってるし。 しばらくぼんやりブキミに従っていると、ふと下から上へ舐めるような視線を感じた。 「……亜季ちゃんはなんか質問、ないの」 「あ、ああ、えーっとそれじゃ、雪美は、将来女優になるんじゃないでしょうか?」  ブキミの瞳が一瞬ギラリと光った。それから目を細める。わかっている。これがブキミ流の微笑みなのだ。  だが、意外にもコインは「いいえ」へと動いた。鳥居へ戻ったとき、やはりブキミは目を細めて、 「そんなに世の中甘くないよね~」  と、首を傾けてヘラヘラ笑った。なぜか負けた気分になった。 「ブキミ」というのは、たしか、中1のときクラスの男子が本名の「雪美」をもじってつけたあだ名だったと思う。暗くて小太りでしゃべり方もなんだか薄気味悪くて、ぴったりのあだ名だと、すぐに定着してハブられるようになった。3年の今となっては、ほとんどみんな本名が雪美だということを忘れている。私も、本人の前で以外は、そう呼んでいる。 実際、気付いている人は少ないかもしれないが、生まれつきの器量だったらブキミとそう変わらないくらいの子は人気者の輪の中にも何人かいる。ちょっと髪が重たく顔にかかっているくらいで、不潔なわけでもない。中学において「人気者」と「キモイ」を決定付けるのは、そういうことではないのだ。
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