俺の事情

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どさくさ紛れ、か。 確かにそうだよな。 会議室の長机を挟んで向かい合う男女が、 今日の仕事よりも熱量高く言い合ってんだ。 そう思ったら滑稽で、 抵抗も躊躇いも無くスルンと口から出てきていた。 「結婚したんだよ。で、アメリカにいるの。もう子供だっているし。電話なんか出来ねぇって」 「うそ………」 「わかっただろ?」 目頭を赤くして、両手で覆った口から何度か“そんな……”と繰り返してるのがくぐもって聞こえてきた。 聞いてすみませんでした、と彼女が泣き出しでもしないように、 「色々あんだよ、俺にも事情がさ」 ははは……と渇いた声でわざとらしく笑ってやったのに。 「そんな女の人をいつまでも想ってるんですか!未練タラタラなんですねっ!正直ちょっと引きます」 彼女はやっぱり強かった。 「なっ!?………仮にも俺を好きなんだろ!好きな相手に引くとか言うか?」 「ホントですもん」 強くて、真っ直ぐで、 「でもそういうとこも、好きです」 可愛いやつだった。
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