俺の事情

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「………」 可愛いやつだと思ったものの、さて次に何を言えばいいんだろうかと考えあぐねていた俺に、 「では、私は…」 「え、あ……」 スッと立ち上がって帰り支度を始める彼女。 コの字の机の向こうがすごく遠く思えて、ただ黙ってそれを見ていた。 「失礼します」 「は、い……」 相変わらずの大荷物。 キャリーバッグにそれらを手際良く詰めていき、最後にアジャスターケースにラフ画を丸めて入れた。 頃合いを見計らって俺も席を立った。 気まずい空気だからといって、ドアを開けないのも見送りしないのも、俺の信条に反する。 ゴロゴロ、と音を立てて彼女がドアまで近づいて来てピタリと止まったのを背中で聞いて、 「じゃあ………」 と、それだけ言ってドアノブを握り締めたところで、 「八神常務、すみませんがこれを持っていただけますか?」 不意に呼び止められて振り向いた俺に、彼女はラフ画を丸めて入れた長い筒を俺に手渡した。 「え、はい…」 俺は特に気にも留めずそれを受け取った。
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