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ドアノブを握ったままの左手。
アジャスターケースを受け取った右手。
そして、
「………」
「………」
俺の身体の正面に、
磁石みたいにくっついてきた彼女。
抱きつくのではなくて、本当にピタっと。
互いの身体のスキマは無く、ピタっと。
満員電車のような密着度だけど、なんだか心地いい感じ。
咄嗟のことで驚きはしたけれど、頭はどこか冷静で。
へぇ。思ったよりも(というか見ていたよりも)随分と柔らかいのな。
着痩せするんだなー、なんて思っていて…。
ちょいと頭を動かすと、
持って行き場が無くてギュッと握りしめた拳が身体の横にピョコっと見えて、
ペンギンかよって心の中で突っ込んでみた。
やましい気持ち云々よりも、なんだか一生懸命なその彼女が段々と愛おしく思えてくる。
でも、こんな場面誰かに見られたらまずいどころじゃないな。
俺にくっつく彼女に、出来るだけ冷たい言い方にならないように、真下にある頭に声をかけた。
「何の真似?」
出来るだけ優しく。
出来るだけ柔らかく。
そんな俺の声に彼女の体温は少しだけ上昇する。
そして、小さく「ふふっ」と照れ笑いしながら言った。
「溶かしてるんです」
とてもあたたかく。
とても優しく。
「溶かす??」
「八神さん、寒そうで、凍っちゃってて、もう見てられないです」
「寒そう?」
「はい。だから、待ってて下さいね。きっと溶かしてみせますから…」
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