彼女の事情

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もちろん八神さんからの連絡なんて望んでいなく… ううん、本当は少し期待してた。 だから、何の音沙汰もないスマホを睨みながら、 いっそのこと丁度いいじゃないか、と、 閉じ込めようとしたけれど。 やっぱり無理だった。 知ってしまった背の高さ。 記憶してしまった香水の香り。 聞こえてしまった鼓動。 見えてしまった男らしい手。 伝わってきた体温。 大きな瞳と形の良い唇。 その全部が愛おしくて、彼への気持ちが私の身体のすみずみに巡っていき、熱くまた胸を焦がす。 明日、もう一度だけ伝えよう。 八神さん、あなたと出会えたおかげで、 仕事がこんなにも楽しいものと初めて知りました。 八神さん、あなたに出会えたおかげで、 人を好きになることがこんなにも楽しいものと初めて知りました。 だから八神さん、あなたにも、知ってもらいたいんです。 忘れていたのなら思い出して欲しいんです。 その相手が私であれば嬉しいです。 違うとしても、あなたが少しでも同意してくれたら、それは私があなたを溶かしたことになりませんか? もしそうならば、それだけでも充分私は嬉しいです。
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